【小説】お弁当狂騒曲 第3話「見た目は可憐な女の子だけど」
「多和田さん、この部屋の中、服とマンガや本で、いらないものはないですか?処分していいものがあったら、少しでも売ったほうが、部屋は広くなりますよ」
僕がそういうと、多和田さんは「じゃあ、いるものといらないものに仕分ければいいのね」と言った。
「服は古着屋に、本は古本屋に売れば、少しは部屋のスペースが空きます。いくらクローゼットや本棚があるとしても、入り切らない量を持っているのは得策ではないです」
「はーい」
そうして僕らは、作業にとりかかった。多和田さんは服と本の仕分け、僕は昨日空けたスペースから、じょじょに掃除にとりかかる。窓を開けて喚起をすると、冬の空気が部屋に押し寄せてきて、寒いけど気持ちがよかった。
多和田さんの仕分けが終わり、僕が掃除を一通り終えるころには、お昼どきになっていた。
「いらないものを売りにいくがてら、食事に行きましょう」
多和田さんのほうから、そう提案してきたが、僕は「あ……」と言った。
「車ないと、運べないですよね。僕、実は免許はあるんだけど、車持ってないからペーパーで」
「安心して。私運転得意なの。首都高さえ、一人でドライブ行くのよ」
マジかよ。僕は声にならない声を飲み込んだ。多和田さんという人は、本当に謎、っていうか、ことごとく、その可憐な容姿を裏切るようなことを口にする。
というわけで、僕らは、マンションの階下に不用品を下ろして、多和田さんの愛車だというラパンの後部座席に積み込んだ。
(こーんなちっちゃい車で、首都高を……)
「さあ、行きましょう。服や本を売り払う店の住所、ナビに入れてくれる?」
多和田さんがそう言って、僕は車のナビに指を伸ばし、古着屋の住所を打ち込んだ。
なるほどたしかに多和田さんの運転は上手く、車が多い東京の通りも、するする華麗な運転さばきで進んでいく。運転を、まったく怖がっていない人のやり方だった。
「私のこと、何もできない人って思ってたんでしょう、名取くんは」
そう言われて、僕はいえいえ、とかぶりをふる。
「多和田さん、お仕事はめっちゃできるじゃないですか。それに運転もお上手で。できることとできないことに差があるんですね」
「私も、私が男だったらよかったのに、ってよく周りの家族に言われたわ。そうしたら、何も問題なく、仕事人生に生きられたのに。でも、私は女で、結局政略結婚のコマとしてしか親や親戚には扱われない運命なのよ」
「せいりゃくけっこん、なんですか」
時代錯誤ともいえるそんな言葉に、僕は思わず敏感に反応してしまう。多和田さんの横顔が、憂鬱にかげるのが助手席から見えた。
「許嫁の方は優しくていい人よ。もっといけすかない奴だったら、行方不明にでもなって、無理やり破談にしていたと思うけど、残念ながら、いい人なの。でも、相手も、相手の家も、私に優秀な嫁であることをきっと求めるわ。根本的に、そういうの向いていないのに、親も、相手のおうちのご両親も、甘く見ているのよ」
「はあ……」
庶民の僕にとっては、まったく理解の及ばない話だったが、とにかく、多和田さんが、自分の運命を、潔くなくても、受け入れようとがんばろうとしていることは伝わって来た。
ならば、僕にできることは。
「多和田さん、僕、がんばって家事の指導しますよ。多和田さんが、その結婚から、逃げる気がないのなら、できることは、状況を前向きにとらえて、物事がよい方向へ運ぶよう努力することです。家事も、慣れたらきっと楽しくなりますよ。多和田さん、優秀ですから」
多和田さんはちらりと口の端に微笑みを浮かべると「ありがとう」と言った。
洋服と本をすべて売ってしまい、わずかばかりのお金を得ると、多和田さんは僕に言った。
「名取くん、このお金でラーメン食べに行かない? すっごい麺がたっぷりで、脂ぎとぎとの、美味しい奴。私、どうしても食べたいけど、そういうお店、一人で入ったことがなくて」
「いいですよ」
僕はこの時点で、もう腹を抱えて笑いだしたくなっていた。多和田さん、好みも適性も、ほんとうに漢そのものじゃないか。
多和田さんと僕は、ネットで検索して、店の位置を調べると、近くのラーメン屋まで車を走らせ、駐車場に停めた。
のれんをくぐると「らっしゃいませー」という元気な呼び声がかかる。
券売機でラーメンを買い、並んでカウンターに座る。周りは男、男、男ばかり。たしかにこういう店で、男の一人も連れずに、多和田さんのような洗練された女子が入ってきたら、浮くのかもしれない。
ほどなくして、注文通りに運ばれてきたラーメンを、二人してはふはふと食べながら、僕は自分がまきこまれたこの厄介事を、おもしろがりはじめている自分に気づいていた。
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