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ずっと待つよ

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少し長めのお話を集めたマガジンです。
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2016年12月の記事一覧

【小説】色づけば

【小説】色づけば

私の体と心には、思い出が火傷の痕のように灼きついている。まだ子供だった頃、その日家には誰もいなかった。当時十二歳だった私は母の部屋にこっそり入り、鏡台の下の棚を開けて、口紅やら白粉やらを引っ張りだしては遊んでいた。

母は昼間男の人と遊びに行き、夜にスナックで働いて生活費をかせいでいたので、まさに鏡台の下の化粧品は一人の女として余すことなく満足を得る必需品であり、お財布とつながる大事な商売道具でも

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【小説】故郷へ帰る

【小説】故郷へ帰る

食卓に並べられた筑前煮の皿から、よく煮えた里イモをつまみあげて口にいれると、甘い味付けが広がって、お腹があたたまるのを感じた。子供の頃から食べなれた、母のつくる懐かしい味付けは、都会で知らず知らずのうちに張っていた私の気をゆるませる。

さっきから母は、忙しげに台所の薄緑のタイルを磨きながら、私が東京でどんな風に生活しているかを聞きたがっている。会社の帰りは何時くらいになるの、お金が足りなくて困っ

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