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92歳に求婚された話。/いくつになっても、恋はドラッグ

幸せってなんだっけ?

友人がOD(大量服薬)でぶっ倒れた。
風邪薬を大量に服用し、泡を吹いて倒れていたところを発見されたらしい。
彼女はブラック企業で働くストレスからうつ病を発症し、
ODで得られる束の間の快楽が数少ない〝心の拠り所〟、
彼女にとっての〝幸せ〟となっていたようだ。

彼女は小学校の頃から、勉強もできたし、
明るくて周囲にも好かれるキャラクターだった。
そんな彼女が。まさか。という思い。

ドラッグはカメレオンのようなものだ。
心身を整える〝特効薬〟になりえる一方、
心身を蝕む〝麻薬〟にもなりえる。
束の間でもドラッグで得られた〝幸せ〟。
彼女にとって〝特効薬〟〝麻薬〟どちらだっただろうか?

一般的な幸せを挙げると、
結婚、出産、etc...
でも社会的にNoと言われる行為によって、
幸せを得る人もいる。
もちろん法律に触れるような行為はしてはいけないけれど、
そもそも一般的な幸せって何だろう。
それに括る必要ってあるのだろうか。

友人が倒れてからというもの、
幸せについて考えることが増えた。
正直自分自身、
仕事もプライベートも100%上手く進んでいるとは思っていない。
幸せって感じるのは推しメンのライブを見ている時ぐらいかなあ。。。
なんて。。。

そんな冬の曇り空のようなモヤモヤした気持ちを抱えつつ、
閉塞した自分自身への答えを探しに行くかのように、
年の瀬、実家の京都へと帰省することにした。

出会いは突然に

関西人は距離が近い。
東京に住んでいると、個人は個人と言った感じで、
干渉されることは少ない。
でも、それは嫌いじゃない。
自分の時間をしっかり持つことができる。
かと言って、距離が近い関西人も大好きである。
このフレンドリーさから少し離れていると、
やっぱり寂しくなってしまう。

帰省した際も多分に漏れず、
極めてフレンドリーなご婦人と出会うこととなった。

その日もいつもの帰省と同様に、
新幹線を降り、在来線に乗り込んだ。
懐かしいホームの香り。車内広告の見慣れた面々。
「何も変わってないな。」
コロナ禍においても、故郷は故郷のままだった。
得られた安心感に、ふと幸せを感じた。

いつものホーム。いつもの乗車位置。
実家の最寄り駅の改札口に近いところ。
正に自分だけの指定席。

一人で悦に浸っていると、
ご婦人に話しかけられた。
『お隣、よろしいですか?』

「どうぞ。」なんて言いながら、
二人掛けのシートのスペースを少し多めに譲った。
隣には気品の漂う宝塚の男役のようなご婦人が、
背筋をピンと張り、百合の花のように凛として佇んでいた。

(少しいつもと違うな。)
と感じたのは電車に乗って15分ぐらいだっただろうか。
どこか落ち着かないのである。
久々の帰省に緊張しているのかと思ったが、
そんなことはない。
むしろ幸せで落ち着いていたはずである。
辺りを見回すと、その原因はすぐに分かった。
どこかから視線を感じるのである。

その視線の主は、、、
隣のご婦人であった。

辺りを見回す私の視線と、
私を見つめるご婦人の視線が交錯したその刹那、
ご婦人に話しかけられた。
『お兄さん、ちょっとよろしい?』

危険な恋の香り

「あっはい、、、」なんて言いながら、
(私何かしでかしたかな?)と考えていた。
少なくともその時は東京人モードだったので、
見知らぬ人から話しかけられる想定をしていなかった。
すると、予想外の言葉が返ってきた。

『お兄さん、アメちゃん食べる?』
(あっそうだここは関西なんだ。)と考えながら、
自分自身を関西人モードに戻した。

それをきっかけとして、意外にも話が弾んだ。
ご婦人は御年92歳だそう。
いただいた黒飴を頬張る。
ほのかに香る黒糖が甘く香ばしい。
東京で働いていること、
久々に帰省したこと、
友人が倒れたこと、
幸せがわからないこと、
まるで十年来の友人かのように会話を交わした。
本当に初対面だったのだろうか。
自分の拙い説明だったけれど、
ご婦人はその一つ一つに、丁寧に答えてくれた。
少し距離が近い方ではあったけれど、
思いがけず素敵なひとときだった。
降車駅に到着するのが惜しい程だった。

「次の駅で降ります。本当にありがとうございました。」
そう伝えると、ご婦人は悲しそうな眼をした。
『あなたにね、一つだけ、どうしても伝えたいことがあるの。』

『あなたと、結婚がしたいの。』

『あなたと、結婚がしたいの。』
正直聞き間違いかと思って、二度三度問い直した。
『冗談ではないの。』
唐突な申し出に戸惑っていると、ご婦人は続けた。
『あなたはね、結婚する予定だった人にとても似ているの。』
話を聞くと、約80年前、結婚を誓い合った男性がいたそうだ。
しかし戦争で引き裂かれ、その男性はフィリピン・レイテ島で・・・。

『もちろんあなたが結婚してくれないことはわかってる。』
でも、それでも、とご婦人は続けた。
『ふと甦ったの。幸せな気持ちが。』
『私の全てを包み込んでくれたあの人を思い出したの!』
『結婚したいぐらい舞い上がっちゃって。』
『私、まだまだ長生きできそう!』

この時、私は悟った。
〝幸せ〟とは自分を受け入れてくれる〝心の拠り所〟であり、
生きる〝特効薬〟なのだ。

このご婦人が〝幸せ〟を思い出し、
生きる活力を見出してくれたことで、
〝幸せ〟が何なのか、少しだけ理解することができたかもしれない。

いくつになっても、恋はドラッグ

『あなたのおかげで長生きできそう。重ね重ねありがとう。』
ご婦人から何度も何度もお礼を言われた。
しかしお礼を言うのはこちらの方だ。
だって〝幸せ〟のヒントをもらったのだから。

「連絡先を交換しましょうか?」と私は言ったが、
ご婦人はその申し出を丁重に断った。
『いいの。この気持ちをそのまま保管しておきたいから。』
それに・・・とご婦人は続けた。
『もしこの出会いが運命だったら、またどこかで会えるでしょう。』
輝いたご婦人の眼、私は一生忘れることはないだろう。

私は別れを告げ、電車を降り、
ホームを後にした。

92歳のご婦人、本当にありがとう。
またお会いできますように。いつか必ず。

まあ最初に求婚された時は〝クスリ〟とも笑えなかったけどね。

最後に、あの時出会ったご婦人がいつまでも幸せに過ごせますように。





※このnoteはフィクションかも・・・しれません。



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