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月の名所|ショートショート

今年は、家族で月の名所に行ってみようということになった。
とても楽しみだ。
月の名所にも、いろいろな場所があるが、車でしか行けないところにしよう、と話した。家族でドライブだ。

今年の春は、家族で引っ越しを経験して、お花見どころではなかった。
花の名所に行けなくても、月の名所に行けばいい。
引っ越してきてから、慣れない環境に体を馴染ませることばかりを考えていて、なかなか外を出歩いていない。

ピクニックのように、食事を持っていきたい。
どうせ、外では食事ができないので、家族でドライブをしながら、車内で食べることにした。もしかしたら、車が揺れてしまうかもしれない。その時は我慢しよう。

さぁ、出発だ。
服も着替えた。お弁当も持った。ばっちりだ。
家から車までの少しの道のりでさえ、子どもたちはふわふわと浮き足立っている。大人たちだって、足元が軽い。
ヘルメットで表情が見えないが、きっと笑顔が弾けているだろう。

車の中でやっと互いの顔を確認する。
子どもたちは、持って来たお弁当よりも、窓の外に夢中だ。よし、お弁当は帰りに食べような。
路面は凸凹して、車は揺れているが、特に問題はないようだ。

車が昼と夜の境目を横断した。
窓の外はぐっと暗くなり、ヘッドライトが砂を照らす。もうすぐ月の名所に到着する。時間には、間に合うはずだ。

しっかりヘルメットを確認して、車の外に出る。
私たちの家族の他にもう何組か、月の名所を訪れていた。開けた地平線の向こうに、私たちがよく知る星が顔を出すのを、固唾を飲んで待っている。

「ああ!」
子どもたちの歓声とともに、蒼い星が荒涼とした地平から顔を出した。
地球の出だ。

家族で月に引っ越してきてから、見たい見たいと思っていた景色にようやく出会えた。
月の移住者が建てた建物越しではなく、ここでは、視界が開けて地平線から地球の出を見ることができる。紛れもない、月の名所だ。

地球は地平線から顔を出し、徐々に昇っていく。
家族で、しばし蒼い星を眺め、言葉を失っていた。

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