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ヤツはロボット?|ショートショート

アンドロイドと人間の区別がつかなくなって、もう数年になる。
アンドロイドの持ち主が何らかの事情でいなくなることによって生まれる、いわゆる「野良ロボット」の問題が顕在化し始めたのもこの頃だ。

街を人間のようにうろついている野良ロボットは、取り締まりの対象となった。アンドロイドは腹部にバーコードを持っている。警官が呼び止め、相手がアンドロイドと分かれば、バーコードの提示を求めた。
バーコードの改ざんは不可能。野良ロボットが取り締まりを避ける唯一の道は、人間のフリをすることだった。人間に「腹部を見せろ」と言う警官はいない。

アンドロイドは見た目では全く人間と区別がつかないが、会話を重ねるとそれとなく察することはできた。警察は市民に対し、野良ロボットと疑われる者の通報を求めた。

今日もあいつが店にやって来た。
平静を装っているが、常に左右に目を走らせ、警戒心が垣間見える。いつも他の客の少ない時間帯を狙って来店する。客と世間話をすることを1日の楽しみとしている中年女性のレジには並ばず、多少混んでいても俺のレジに並ぶ。

おそらく、あいつは野良だ。
店長にそのことを告げようかと思ったこともあったが、思い留まった。野良ロボットの取り締まりは、見ている方も気持ちのいいものではない。そもそも野良ロボットは人間社会に適応しようと努力しており、無害なのだ。
社会風紀がどうのとか、規律が乱れるとか、そういうことは人間側の論理だ。もちろんアンドロイドにも法を犯すやつはいるが、それは人間も同じことだ。

いつの日か、あいつが来店する度に、今日も捕まらずにいたんだな、と安堵するようになっていた。今日も捕まらなかった、今日も無事だった、と俺はあいつを見ては応援するようになっていた。

あの日は、朝から警官が店の周りをウロウロしていた。
俺は緊張していた。隣のレジの中年女性が、「大丈夫」と俺に目配せする。あいつが店に来ないことを祈った。

警官が店の中に入ってきた。店内をゆっくりと巡回している。中年女性のおしゃべりも、今日は控えめだ。
通りの向こうに、あいつの姿が見えた。左右に目を配りながら、足早に店に近づいてくる。まずい。

あいつが店に入った。店の奥にいた警官もあいつを見た。
あいつは警官に気づいていないフリをしている。利口だ。ここで慌ててはいけない。他の客と同化するんだ。
警官があいつに近づき、声をかけている。2、3会話が重ねられる。ここからでは内容はよく聞こえない。あいつが捕まってしまう。

ふいに、2人は揃ってこちらを振り向いた。あいつは俺を指さしている。
レジの向こうから中年女性がハッとして振り返った。他の客も一斉に俺を見た。俺が? 俺が何だって言うんだ!
警官はツカツカと俺に歩み寄ってきた。

「すみませんが、通報を受けましたのでバーコードをご提示いただけますか?」

俺は震える手で服を捲る。あいつが、店の奥で無表情にこちらを見つめていた。

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