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「お化けと神さまとライムくん。」〈短い小説〉

夏の終わりのある日、かれこれ200年ほどお化けをしている恐子が神さまの家の前で、ただひたすらに悩み、ドアに手をかけたまま、ゆらゆらしていた。

「…いつまで、そこにいる気なのだ?入るなら入る。帰るなら帰るで、どっちかにしなさい。」

家の中から神さまが見かねて声をかけた。

「はい。しかし、そう簡単には決められないのです。重大な、ええ!それはもう、重大なお話なのですから…」

「ほぅ…では、そこで言ってみなさい。」

「いえ、ここでは、ちょっと…では、失礼します。」

恐子は、ゆらゆらと中に入ると用心深く部屋の中を見回し、鍵までかけた。

「神さま、この鍵は意味があるのでしょうか?」

「生きているものには、意味がある。生きても死んでもいないものには、あまり意味はない。死んでいるものには、なんの意味もない。恐子、お前には鍵どころか、ドアだって意味はないのだよ?」

「はい。それは分かっておりますが、礼儀として一応ドアを開けさせて頂きまして、安心するために鍵をかけました。」

「そうか、まぁいい。それで?重大な話とは?」

「はい。私は、お化けを200年ほど勤めて参りました。しかし、もう辞めさせて頂きたいのです。」

「ほぅ!それはまた、何故だ?確かお前は死んだ時に、教えていた子どもたちの成長を見届けたいので、消えることはできません!と言い、自らお化けとして子どもたちを見守る道を選んだのではないか?」

恐子は、神さまの言葉を聞き、ハラハラと涙を流して、床に崩れ落ちてしまった。神さまは慌てて、テッシュを渡すが恐子の手を通ってひらひらと落ちてしまった。

間違えて、生きているもの用のティッシュを渡してしまったのだ。神さまも時には間違える。改めてお化け用のティッシュを渡した。

「その通りでございます。生きている時、学校の先生をしていた私は、どうしても自分の生徒たちの成長を見届けたかったのです。そして、無事に子どもたちは卒業し、それぞれの道を歩いていきました。悪いことをする子や、失敗にめげてしまう子もいましたが、私の教えを覚えていてくれ、皆思いやりを持った大人に成長していきました。それは、もう教師として、そんなに嬉しいことはありませんでした。」

「ふむふむ。では何故辞めたいのだ?よかったではないか」

神さまはすでに少し飽きていた。このような話は毎日のようにお化けや、悪魔や、妖怪や、天使などから、いやってほどに聞かされる。

彼らの多くは、永遠に命があるので、たまにうつ状態に陥ることがある。繰り返す日々に嫌気がさし、こんな生活をいつまで続ければいいのだ!と自暴自棄になって、神さまのところに話を聞いて欲しくて訪れる。神さまは、まるで自分が無料のカウンセラーのようだと思った。

恐子はそんな神さまのうんざりに気づかずお化け用のテッシュで鼻をかみながら続ける。

「私は、私の子どもたちの成長を見届けたあとも、たくさんの子どもたちを導きたいと思い、たびたび学校に訪れました。すると、子どもたちが段々と子どもではなくなってきてしまったのです!」

「子どもが子どもでないとは、さてどういうことか?」

恐子は、突然浮き上がると遠くを見ながら語り出した。

恐子は最近、ある少年と出会ったらしい。名前をライムくんという。ライムくんはイタズラばかりして先生を困らす常習犯のようだった。そこで恐子はライムくんを怖がらし、いい子にしようと思い立った。

「お化けだぞー!いい子にしないと食べちゃうぞー!」

夏休み中の教室に1人忍び込み、先生の机に落書きをしていたライムくんの目の前に突然お化けの恐子が現れた。

「わぁ!」

「お化けだぞー!いい子に」

「しないと食べちゃうんでしょ?そのセリフ、もう聞いたよ!それしか言えないの?」

「え?あっ言えるけど…先生の机に落書きをしちゃダメじゃないかー!」

「なんで?」

「なんで?えっと、それは悪いことだからー!」

「ふーん。でもさ、誰が落書きをするのは悪いことだって決めたの?じゃぁ海外のアーティストとかでさ、壁に落書きしてそれをアートだ!って言ってる人いるじゃん?よくYouTubeとかで流れてるやつ!あれって、まぁ、人のものを傷つけたっていう風にも取れるけどさ、それが自分を表現する手段だ!って主張もさ、無視できないんじゃない?だって、アートなんてルールとか縛りとかから生まれるものじゃないでしょ?芸術は爆発だー!とか言うじゃん?ルールから爆発なんて生まれないでしょ?それでも、これが本当の本当に悪いことだと思うの?」

「…えっ、それは、いや、でも…」

「それにさ、悪いことをしたら食べちゃうぞー!ってそれこそ悪いことじゃない?子ども食べちゃダメでしょ?そんなヤツに正しいことが言えるなんて到底思えないんだけど?」

そう言われたお化けの恐子はたまらない気持ちになって、そそくさと逃げてしまったのです。その話を聞いた神さまは、驚き、恐子の肩に手を置いてこう言いました。

「恐子、お前の気持ちはよーく分かった。これからは、お化けの先生ではなく、その子のお化けの生徒として学んできなさい。」

「あぁ、神さま!なんてことを!イヤです!あの子の元に戻り、あの子の生徒として過ごすなど、私にはきっと耐えられません!」

恐子は、長い髪と白い着物をぶるぶる震わせ怖がり、嫌がったが、神さまに言われては仕方ないので、しぶしぶライムくんの元へ戻った。

「ライム先生、この度、わたしお化けの恐子は、神さまにいわれ、あなたの生徒として学ばせていただくために戻って参りました。どうぞよろしくお願いします。」

「ふーん。いいけど、まずは先生と生徒っていう、教える側と教わる側っていう概念を取るところからだね!先は長そうだけど、まぁお化けだし、いっか!」

お化けの恐子は、目の前の男の子が怖くて怖くてたまらなかった。


(あとがき)

もし私の目の前にお化けが現れたら、きっと怖くて泣くと思うけど、怖くないお化けだったらどうするかな〜と思って書きました。お化けや神さまも私たちが思っているより大変なのかもな〜と思ったら、ちょっと可愛く思えました。

山形県に住んでいる小学4年生です。小説や漫画を読むのが好きで、1年生の頃からメモ帳に短い物語を書いてきました。今はお母さんのお古のパソコンを使って長い小説「皐月と美月の夏。」を書いています。サポートしていただいたお金は、ブックオフでたくさん小説を買って読みたいです。