エイリアンズ_demo_

エイリアンズ/4

※縦書きリンクはこちらから https://drive.google.com/open?id=1eVfqe999mrRbAuj3aTg37Ob2-zgR9L_M



 二人が、橋を渡っていく姿が見えます。
 直線に整えられた入り組んだ護岸を、流動体の波が柔らかに包みます。


 空から、ゴシック体のロゴが入った車を見下ろします。教習所の、あまりかっこよくないロゴです。彼の運転する教習車は見えない糸に引っ張られていくみたいにして、やたらと扁平な、すっきりした道の上を走っていきます。
 もう少し高度を上げてみます。並行する道や、もう少し先で直角に交わっている道が見えます。平たい屋根の、同じ設計の倉庫が、几帳面な巨人が置いていったみたいに等間隔に並んでいるのと、それらが夕暮のオレンジ色の光に照らされて濃い影を作っているのが見えます。
 道が道としてではなく、ただの線画として見えるようにレイヤーを切り替えてやると、彼が歩いた道が青くハイライトされます。ツムラヤは自分が思っていた通り、島内の道をくまなく歩いています。時々、私有地内にも踏み込んでいたりします。道として示されているわけではない灰色のゾーン、立ち入り禁止の防波堤の上も歩いているのがわかります。この無機質な地図の上で、彼の歩いた線だけが緩くくねくねとしていて、有機的です。

 地図を今のものに置き換えると、ツムラヤの歩いた跡を示す青い線が、建物を示す矩形の中を突き抜けていたりするようなこともあります。
 島は今も、緩やかに変化しています。鈍い色の海が、穏やかに島を包み込んでいます。

 キキキー、と、高い耳障りな音がします。
 またレイヤーを、過去の現実に切り替えます。
 教習車は路上で停まっています。道にはブレーキ痕が残されています。
「先生も間に合わなかった。…今のはしょうがないよ」
 島の北側の橋に、無数のトラックが停車して連なっているのが見えます。どのトラックも錆びた臙脂色のコンテナを積んでいます。彼女が言っていたように、そのトラックと同じくらいの台数が、反対車線を走って島の中へと入っていきます。
 教習車のすぐ後ろには、猫が潰れています。


 車自体が好き、というわけではないみたいなんだよね。何ていうか、車に乗るという行為自体に興味があるというか。
 
 窓の外を景色が流れていく。アクセルをこれくらい踏み込めば、これくらいのスピードが出る。これくらいの加減でブレーキを踏み出せば、初めから動いていなかったみたいに車を止められる。実際に車を運転する前から、自分が車を運転してるところが、すごく具体的に精確にイメージ出来た。不思議な感じもしないでもなかった。まるで自分が車のパーツのひとつみたいに思えたから。
 どうしてだろう。眠る時に、うーん、夢とはまた違う、眠る入り口手前ぐらいのところで、いつも運転席に座っている感覚が浮かぶのはあったかもしれない。小さい頃から。アスファルトで舗装された真新しい道を、ぐいぐいスピードを上げて走っていく。景色が流れていく。エンジンの音が大きくなって、やがて遠ざかって、いつの間にか寝てる、みたいな感じ。今喋ってて、そうだそうだそうだった、って感じがする。もう忘れてたのに。
 教習車に座って、初めて車を自分で運転した時のことを覚えてる。頭の中で知っているのと、全く同じだった。アクセル。カーブ。ブレーキ。もちろんそんなの試してないけど、クランクだって曲がれたと思う。
 いつの間にか運転が、身体にプログラムされていたみたいに。

 なんか、話を聞いていると、自分までそう思えてきそう。

 あの日、たまたま、初めて公道の路上教習だったんだよね。その日も島をぶらぶらしてて、教習所に戻ったら、テレビでニュースやってて。高架線の下を、車が波に流されていくところ。
 地元の人たちに電話したけど誰も出なくて。まあでも生きていればちゃんと後から連絡取れるから、と思ってとりあえず教習だけ受けて。
 教習所のコースを出て、初めて路上教習、と言っても人工島内に出た時も、全然怖くなかったんだよね。自分が恐怖を感じていない不思議な感覚の方が怖いくらいだった。工場や倉庫を出入りする巨大なトラックが対向車線を走っていても、広い道に巻き上げられたビニール袋が飛んでいても、すごく冷静だった。
「目を瞑っていても運転できそうだ」って思ったの、すごい覚えてて。

 …何ていうか、自分の身体が自分のものじゃないみたいな感覚ってわかる?
 俺はただ、完全に流されてここにいるんだって感じ。自分自身も、自分がどういう風に動くのか全然わかっていない感じ。

 言い訳みたいか。

(next:https://note.mu/horsefromgourd/n/n9ebb94e5e58d)

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