エイリアンズ_demo_

エイリアンズ/5

※縦書きリンクはこちらから https://drive.google.com/open?id=1fRlvDTITgp1hFsS2y201yevGcZQEqZbV



 空から、真っ黒な窓が並んでいる中に一つだけうっすら光っている窓があるのを見下ろします。薄汚れた灰色の建物、廃墟と見紛ってしまいそうになるのを、その光がかろうじて遮っています。
 彼女の住んで居る部屋です。
 見渡すと、同じ形の建物が幾つも並んでいるのが見えます。いずれの窓も、塗りつぶされたように真っ黒です。
 彼女が言うように、本当に誰も住んでいないのか、それとも夜が更けすぎてみんな寝静まっているのか。

 レイヤーを切り替えます。ピントをずらして、風景をぼやかすみたいな感じです。壁が透けて、彼女の輪郭がぼんやりと浮かび上がります。心臓がどくどくと脈を打ち、彼女の身体を震わせています。
 確かにこれほどに静かな場所にあっては、自分の心臓の音だけしか聞こえなくなってしまうのも、無理はないことなのかもしれません。
 さらにピントをずらしていきます。かつて人が多く住み、活気があったころの、その場所の風景が重なっていきます。遠くで祭囃子が聞こえるみたいに、高くて明るい声が聞こえてきます。

 壁の中にある彼女の姿を見つめなおします。冷たい雨が、私の頬を濡らします。
 彼女は泣いています。


 最初に実家を出たときは、友達とルームシェアをしたんです。向こうからこっちに引っ越ししてきて出来た、一番の友達でした。同じ公営住宅を割り当てられた他県からの避難者で、その子は家が波に攫われちゃったんですけど。私と同じタイミングで、私がこれから通うことになる大学のある街に就職が決まったんです。たくましい、優しい女の子でした。
 初めの頃はすごく楽しくて。二人でお菓子とかおつまみみたいな夜ごはんを作ってテーブルに並べたら、深夜になるまでずーっと話をしていられたんです。その子は仕事の愚痴ばかり話していました。でもそれが面白くって。そういう嫌なことも、面白おかしく話してくれるような、明るい女の子だったんです。

 そうやって仕事の話を聞いているうちに、私の方は、自分まで大人になったような気分になってしまって、大学の同級生と相対化してしまったんだと思います。どんどんどんどん大学の同級生が話していることが幼稚に感じられてしまうようになって。つまんないんですよ。つまらないんです。もうどうしようもないなってくらいに。自分の方がずれてるんでしょうけど。

 …いや、ごめんなさい。今やっぱり話してて思ったんですけど、私は自分の故郷があまり好きではないと思ってたんですけど、好きとか嫌いとか関係なく、結局そこから逃れられなかっただけかもしれません。結局こっちに引っ越してきていても、一番の仲良しは、私とおなじように向こうから来たその子でしたから。だから友達ができなかったのも、周りが子供に見えたとかそんなんじゃなくて、やっぱり自分の身体や心がこっちの生活に上手くチューニング出来てなかっただけかもしれない。

 でも。その子ともだめになるんです。ああ、これはもう、いつまでも続く生活ではないんだって、私は最初から気付いていて。十代とか二十代前半の女なんて、毎日気分が全然違うし、昨日の自分みたいなのはもう全然思い出せないっていうか、マイナーアップデートを繰り返しているうちに、もう元々の自分とは全く違う何かになっているんです。二人の暮らしも、楽しい日ばっかりじゃなくなっていって。明るかった彼女も、最初は仕事に疲れていただけだったのに、やっぱり海のそばに住みたいとか、ビルだらけの街並みに慣れないとかそういうこと言うようになって、同じタイミングでテーブルに座る日が減って。ただ、お互いに色々気分が乗ったり乗らなかったりってだけじゃんって言えばそれまでなんですけど。

 でもでも、どうしてこんなにお互いの気持ちがずれていくんだろうって。わからなくなるんです。
 その時に思っていたのは、こんなに一緒に暮らしているのに、例えばどうして彼女が頭が痛いときに、私も頭が痛くなったりしないんだろうって。どうして彼女がすごくご機嫌なときに、私はやたらと落ち込んだ気分なんだろうって。他人同士なんだから当たり前じゃん、ってわかってますよ。でも当時は、そうやって私たちがずれていることの方がすごく不自然なことのに思えたんです。同じように、色んなことを、感じるべきだって。そっちの方が自然だって。こんなにずっと一緒の部屋で暮らしているのに。何で、って。
 何だか、すごく下手くそなバンドの演奏を続けているみたいだなって思って。自分の演奏にいっぱいいっぱいで、隣で鳴っている音にも気づかないし、全然演奏が混ざってないんです。それをそのままそう言いました。てんでばらばらだよね、私たちって。そしたらそんなの当たり前やん、って彼女が言ったんです。バンドって何、何、その喩え、本当に子どもみたいやなって言われたんです。ばらばらでも付き合っていくのが大人やろって。全部合わせようとするから苦しいんじゃん、そういう空気が嫌だったって言ってたじゃん、って。関西弁と標準語を混ぜこぜにしながら、彼女はそう言いました。
 それで、二人で荷物を分け合って、引っ越しました。彼女は、大学生はお金ないやろ、って言って、冷蔵庫とか洗濯機とかそういうの持って行っていいよ、って言ってくれたんですけど、そんなの大きいからいらなかったんです。だから私は、細々したものばかりもらいました。ドライヤーとか。

 それから、私はその荷物を持って、団地に住むようになったんです。

 今住んでいるのは三つ目の団地です。一つ目は二ヶ月で取り壊しが決まって、二つ目はカビがすごくて引っ越して、今住んでいるのでようやく落ち着いた感じです。
 本当に静かです。静かってこういうことか、って思うくらい。すごく似てるのは、あれです。映画館。映画館で一人になったことってありますか?

 いや。

 ないですか。私はあるんですけど。想像してみてください。
 あれ、人少ないな、ていうか私だけじゃん。ネットの評判良くないもんな。そんな風に思いながらキョロキョロしてたら、フィルムがかかり始めちゃうんです。配給会社のロゴが出て、これから映画が始まるぞ、っていうときの、私が身じろぎする衣擦れの音だけが聞こえる感じ。
 あれがずっと続いているみたいな。

 怖くないの?

 もう怖くないです。怖い?んー。何だろう。何でしょうね。
…変な話しても良いですか?

 いいよ。

 私の身体は、もうその団地そのものなんです。
 部屋でうとうととうたた寝してると、建物と自分の境界がわからなくなるんです。で、耳をすませると、自分の息遣いが聞こえるんです。心臓の音が聞こえるんです。それが地鳴りみたいに低くて長い音に変わっていって、もう一回目を閉じると、外の風が吹いてくるんです。雨が身体に染み込んでくるのがわかるんです。

(next:https://note.mu/horsefromgourd/n/n31bbf7733663)

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