[怪談]冬眠する病女
東北地方の寒村、そこでは厳しい冬を越すために冬眠する人間がいるのだという。
今でこそ冬の寒さで人が死ぬという事はなくなったが、明治あたりまでは冬を越すというのは東北にある村では死活問題だった。
厳しい冬を越すために雪が降るころになると村人は近くの神社へ女を捧げ一冬を冷たい神社のお堂で過ごさせるという風習があった。
一冬をお堂の中で暮らすその生贄はまさに冬眠とでもいうように冬の間眠って過ごし、村民が無事に冬を越せるようにと祈ったそうだ。
これはYさんが曽祖父から聞いたお話。
明治の終わりごろその年に捧げる眠り目を選ぶことになり、曽祖父の姉が眠り目に選ばれた。
曽祖父を仮にUさんとする。
Uさんの姉は生まれつき病弱で肺に病を患っていたそうだ。
病弱な姉はUさんに優しく接し、病弱ながら優しくしっかりとした女性だった。
シンシンと雪が音もたてずに降りしきる初冬の日。
禊をすませ山奥の神社のお堂へと連れていかれた姉は、お堂真ん中で野生動物が冬眠するように丸くなりやがて普段眠るように穏やかに眠りについた。
そとは雪が降りしきり、暖も焚かれないお堂の中は凍てつく様な寒さだった。
小さく寝息を立てるその姿にUさんは、姉が無事に越せるのかとひどく不安を覚えた。
万が一にも眠り女の冬眠を妨げないようにと、冬の間眠り目に合う事は禁じられ面会謝絶、春までのあいだお堂の扉は重く閉ざされる。
その間神社の守り人も里へとおりて、お堂にはUさんの姉ただ一人。
文字通り冬眠をして冬を越すことになる。
周囲の村人や両親から姉への面会をきつく禁じられていたが、Uさんは姉の身をひどく案じて、一目姉の様子を見ようと掟をやぶり神社へと行くことにした。
神社への道のりは普段なら小一時間ほども歩けば到着するのだが、雪深い故倍以上の時間を要した。
ようやく到着した神社は冬の間誰も訪れていないせいか2m近くの積雪。
雪をかき分けUさんはお堂の格子の隙間から中野様子をうかがうと、お堂の真ん中に姉はいた。
姉は神社に連れてこられた時のままの様子で、着衣に一切の乱れもない。
Uさんは寝ている姉が腹を空かしていたらと握り飯を持ってきていた。
「姉ちゃん、ここにムスビ置いとくから腹減ったら食べるんだぞ」
そう姉に向かって言うと姉の表情が少しだけ自分に向かい微笑んだような気がした。
その姉の笑みを見られただけでUさんは安堵した。
「春になったら迎えに来るから、お勤め頑張ってな」
そう伝えてUさんは姉に別れを告げた。
Uさんが山から下り村へ戻ると事の次第を知った大人たちからキツくお叱りを受けたのは言うまでもない。
やがて春になり、雪が緩み田んぼのあぜ道に春の花が咲き出す頃。
件の姉は一人で山から下りてきた。
姉はふだん寝て起きた跡のように何事も無さそうな様子。
姉ちゃんが無事に帰って来た、その安心感からUさんは泣きじゃくりながら姉に抱き着きその帰りを喜んだ。
この眠り女の風習は昭和初期まで続いていたというが、残念ながら今はもう途絶えてしまっているという。
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