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視界の側

───きみたちは気にならないかね、自分が何の世界の住人なのか。

「まーた始まったよ、部長のキショトークショー」

地学準備室の一室を間借りした部室にその精鋭全員が、どこかから取り出して置いたままの折りたたみ式の机にパイプ椅子で座って集まっていたが、通常教室の半分も無いこの部屋すらやけに広く、方々に散った埃のほうがまだマンモス校を名乗るに相応しい状況であり、まあ、包み隠さずそのままに言うととどのつまり、

部員が3人しかいないのだ。

「なんだね浜部くんキショトークショーとは、一語のなかにこんなにショが入ってるの聞いたことないぞ」

部長はそう言いながらぷりぷりと腹立てしているが、同い年であるはずの浜部先輩とは比べると風格がまるで無く、あたかもむきたてのエビのようだなんて思ったりする。下手か

「造語だよ造語、写真部なんだからもっとクリエイティブにいろよ」

この写真部、月水金の週三回の活動日があるのだが、顧問が出張やらなにやらで忙しく、実態としては、さらさらやる気もない私たちがただただ無駄に広い部室をたまり場にしている。
つまるとこここは、モラトリアムという安息に甘んじ経費を食い潰すだけのいわゆるお荷物部活であり、浜部先輩に関しては、有りに余った部費をお菓子など身勝手な福利厚生に当てようとしている次第である。

活動をしていないことがバレれば、その私たちだけのエデンも、早々と失楽園に成り下がるので、みんなバレぬよう仕方なく部室に集まっているのだ。

一年生は私1人だけだけれど、先輩たちも悪い人ではないし、黙っていても何も言われないのは居心地がいいので自習がてら居座っている。私はちなみにカメラを一台も持っていない。

「クリエイティブって、言わせてもらうが君は写真の一つや二つ現像したことあるのかね!」
部長はいつも見せびらかすようにかけている、私物の本格的な一眼を自慢するように突き出した。この人も最初多分まじめに写真部するつもりだったんだろうな。

「ねぇけど、べつにシャッターチャンスがないだけだ」
浜部先輩はいつもひらりと部長の攻撃を躱す。
「お前だって構図が〜とかうんぬん言って最近全然撮ってねぇじゃねぇか」
今度は浜部先輩が腕組みして踏ん反り返ったまま攻撃する。返りすぎて後ろを見てるな。

「だ、なんにも思いつかないからこうして創作意欲を掻き立てる話をしてるんだろう!!!」

図星というか、痛いところをつかれたらしい、怯んでる。

「で、なんの話だっけ?」
浜部先輩は悪いと思ったのか(そんなこと思う訳はないが)話を部長に戻した。

「であるから、気にならないのかね、自分たちが何の世界の住人なのか!!!」

「そこは聞いたよもう、中身を話せよ」

この人、興味なさそうな顔をして話だけはまじめに聞いているんだなと、たまに思う。
部長が、やっと聞く気になったかというような咳払いを一つし、少し燥ぐような顔をして話し出した。

「たとえばだ、君たちは不真面目極まりないからきっと漫画をよく読むだろう?」

がーん。
浜部先輩はともかく私もその不真面目一員に入れられていることがとてもショックだ。
とうの浜部先輩は下を向いて黙って話を聞いている。腕組みのまま下を向くのは、浜部先輩がまじめな時だけだ。

「物語にはジャンルがあり、テーマがある。そしてなによりそれらが相乗りする土台、世界観があるんだ」

部長の話だから、いつも通りくだらんと思っていたが、浜部先輩がまじめに聞くことは滅多にない。なにかこの話には核心があるんだろうか。

「ファンタジーなら魔法使いにしか見えない魔法使いの国があったり、能力バトルものなら能力者にしか見えない技や物があったり、SFなら街中に見えない宇宙人が潜んでいたり………」

「なるほど、そういうことか」

浜部先輩?
なるほどって何か分かったような口ぶりだが、ほんとに今ので分かったのか?
浜部先輩は挟んだ口のまま、バトンを奪い取るように続ける。

「部長が例に上げてる作品は、どれも一般人の不可視を前提としたリアリティを孕む作品だ」

「その作品を現実と重ねた時、我々一般人に含まれる人間は能力や魔法、そのほとんどを見ることができない。不可視化による現実との統合性、それがリアリティに繋がっているんだが、」

浜部先輩は丁寧な解説を途中でやめた。
そして訝しげな表情をしている。

「……なあ、部長中学生にでも戻ったつもりか?それとも思春期とかまだだったのか?」

そしていつものような饒舌な攻撃が開始。
話を奪われ黙って聞いていた部長は急襲にうろたえる。

「な、なんだね浜部くん急に」

浜部先輩は手のひらで頭を抱え、打つ手なし、バカに効く薬なんてないというような素振りをした。

「いや、俺が予想してることがマジなら、よっぽど幼稚っていうか、なんか拍子抜けっていうか、てか早い話ドン引きっていうか……」

ひどい言いようだな。
私は何のことだかわからないので今の部長と同じでキョトン顔をしていると思う。
部長あんたはキョトンとしてんじゃねぇよ

「部長が言いたいのは、だからその、俺たちは『あるかもしれない物語』の登場人物だって、そういうことか?」

「そうだ」

そうなんだ。
キョトンとしてた割に即答すぎる。

「浜部くんの言う通り、僕はそういう妄想をしている」

あんまりはっきりと言うものだから今度は、浜部先輩のほうが拍子抜けというか、うろたえるような表情をしていた。

「あー………えっと」

「ああいや別に何も本気で言ってる訳じゃないぞ浜部くん、現実とフィクションの分別はしてるしできてるからな!!!???」

浜部先輩は部長をじっと見た。

「おい!!!!それは本当かよというような目をするな!!!!!!思春期もとっくに始まっているんだ僕は!!!!!」

そうだったのか。
私も実はまだなのではと疑っていた。

「それこそだよ君たち、先週の新聞、読んだかい?」

「俺んち新聞とってねぇ」

私もネットニュースすら読まないタチだ。
部長は察して、ありえない、あきれたというようなため息を吐いた。

「話題にもなっただろう!!!先週の、あの裏山に隕石が落ちてきた話!!!!!」

そういえば、そんな話あったような、
なんなら写真部でも一度話していたような気がする。

「そうだったっけ?」

話してないのかも。

部長はことごとく話の腰を折られて、イライラしているのか頭を掻いて、半ば強引気味に話を続けた。

「思うに、あれはUFOなんじゃないか?そういえば珍しく調査団みたいな人たちが、落ちたところにやれこらとやってきていたじゃないか」

「ありゃ隕石ハンターだよ、石ころ拾ってオークションに出して稼いでる連中。沢山いたのはきっとデカかったから分け前について話し合ってたんだろ」

そんな仕事があるのか。
というか浜部先輩、何にも知らないようで結構詳しいじゃないか。やっぱり話だけは聞いているんだな。話の腰が粉砕骨折した部長はそれでも、もはややけのように話を続ける。

「ぼ、僕はね、悪魔は実在すると思うんだ」

さっきまではまじめに聞いていた浜部先輩も、部長の様子を見て、手を組むのをやめ、目の前の机にだれかけてしまった。

「へぇ、その心は?」

「僕が小学生の頃、ある儀式が流行ったんだ。そいつは鉛筆2本と紙一枚で出来るやつでね、鉛筆をクロスして置くと勝手に動き出して、悪魔が召喚できるってやつだ」

それはなんか聞いたことある気がする。
というか私も試した覚えがある。
なんだったっけ、

「それ、チャーリーゲームだろ?発祥はメキシコで、たしか子供たちをビビらせるために大人が息を吹きかけて動かしてたのが始まりだ」

やけに詳しいな。
部長は粉骨砕身の状態であり、流石にそろそろ見ていられなくなってきているし、なんならやつれてきてるような気もする。
それからも部長は、可能性のある世界観の話を出し、それを浜部先輩が潰し、また部長が話しと、地獄のスパイクレシーブが始まっていたので、私は帰ることにした。
浜部先輩がブゥードゥーデーモンやら超新星爆発のニュートリノやらやけに変な事ばかり詳しいので、今回の争いは浜部先輩の完全勝利と言えるだろう。私は燻栗のようにとんだ飛び火を喰らわないうちに、部室からひそりと出て行った。


昇降口からの外は、もうさんざ赤い色に塗りたくられており、そんなに時間が経ったのかなんて思ったりする。上履きを脱いでそいつを仕舞い、かわりに下駄箱からローファーを取り出そうとした。

音はしなかった。
しかしまさしくはらりというような動きで、ふせんほどの大きさの何か書かれた紙が、巻き込んで出てきた。

こんなもの私は入れるはずない。
十中八九他人の仕業ではあるが、その意図や意味、何より内容が全く見当つかない。ラブレターならもっとでかいだろうし、私なんかに送ってくる人ならもっといないだろうし、いじめならもっと汚くて嫌なものを入れるだろう。
気になって仕方がないので、私はそれを拾い上げた。

「18782」

数字?
紙の余白までギリギリに、おそらくマジックのようなペンで書かれていた。紙はそれほどシワもなく、人が鋏で切ったような痕跡もまだ鋭いし、匂いを嗅ぐとマジック特有の強い匂いがするのだから、入れられて間もないことがわかる。

あたりを見回す。
しかし人の姿はないし、部活動の途中の、こんな中途半端な時間にここにいるような人間はよっぽどいるはずがない。
反応を見て楽しむって訳でも無さそうだ、つまり、

これは伝わることが目的であり、この数字は何らかのメッセージや暗号ということだ。
しかし少し思案してみても私は怪盗と組んだ覚えはないし、FBIの家族がいた思い出もない。
皆目見当がなく、どうしようもないので私はその紙を鞄に仕舞い、いったん気にしないことにした。

靴の踵を踏まぬように履き、運動部の邪魔にならぬうちにそそくさと夕焼けの校庭から出ていく。

この帰路も、徒歩というのもなかなか慣れてしまったなと思ったりする。
もともと中学はここより遠く、毎度自転車を必死に漕いでぜえぜえとしていたので、高校は近くを選んでやり、これで筋肉痛ともおさらばと思っていたが、歩きも歩きでそこそこ辛いのだと足の裏の痛みに思わせられてしまう。
こう、ズキズキというかジワジワというか、とにかく不快なのだ。

そう思いながら、気を付けたのにも関わらず靴擦れ起こしたらしく、思わず屈んで靴を履き直そうとした。

「うわっ」

目になんらかの虫が!!
キモい!!!!!!!!!

思わず閉じた瞼を擦って擦って、不快感がひと段落した後、目的を終え、瞼を開けようとした。ぴりぴりと痛み、ぼやけた視界が真っ赤に染まっている。もとより視力が良く無いので尚更景色は均等化される。

まるで火星みたいだ。

そう思うと、なんだかはっとした。
部長が言っていたことが、何となく分かったような気がしたのだ。

それは今でさえ、俯いた私の背後に広がる景色がUFOや悪霊や魔法使いで埋め尽くされているかもしれないのはそれほど重要では無く、とは別に今、もし自分が誰かに読まれているのだとしたら、



なんて、すごく燥いだ。


視界はどんどん黒くなっていき、あたりはなにも見えなくなった。
音すら聞こえない、何も無い空間だ。

まだ中学生です