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北欧ウオーク2 スウェーデンの元受刑者支援民間組織KRIS 北欧ミステリーの舞台を訪ねて

スウェーデンの警察小説『ロゼアンナ』を読んでから、北欧ミステリーの虜になりました。 同じ作者の『サボイ・ホテルの殺人』を読み、いくつかの作品の舞台を、船と鉄道で巡りました。 ヘニング・マンケル作『殺人者の顔』以来、ヴァーランダ警部シリーズの舞台になった古都イスタードは、3回も訪問しました。 10年ほど前、ベリエ・ヘルストロムとアンデッシュ・ルースルンドの共作『制裁』に出会い ました。幼児虐待被害者が幼児虐待者になり、それを憎む人が制裁したら、その人も誤解から刑務所で殺される、という話。読み終わるとどっとため息が出ました。2004年の北欧ミステリー最高の「ガラスの鍵」賞受賞作です。この作品誕生のきっかけになった、元受刑者支援組織KRISを、いつか訪問しようと決めました。


2009年刊の『三秒間の死角』の文庫本はKRISに贈呈しました

☆KRIS立上げ

KRISは1997年にクリスター・カールソン、ベリエ・ヘルストロムらの元受刑者がストックホルムで立ち上げました。
コロナ禍がはじまる直前に、待ちに待ったチャンスがやってきました。
本部は、ストックホルム中心地区にほど近い、住宅街の1階にありました。
こちらに先入観があってか、入りにくい雰囲気でした。呼び鈴を鳴らすと、白いひげをはやした男性が現れました。率直に言って、こわい感じの人でした。
男性が、「会長のカールソンです」と自己紹介し、応接室に招かれました。時間がないとのことで、すぐに話しはじめました。
「わたしは30年間も刑務所で暮らし、様々な更生プログラムを受けたが、再犯を繰り返してきた。あるときこんな生活はやめようと思い、元受刑者たちに声をかけて自助組織を作った。いまでは全国18都市に支部ができた。国内でだけでなく、日本など22か国に5000人以上の会員がおり、KRISの若者部門もできている。
 KRISには4つのコンセプトがある。
①  同じ境遇の人たちが互いに助け合って連帯を作る
②  断酒し、麻薬に触れない
③  正直に生きる
④  犯罪に手を染めない。
中でも②の断酒と禁麻薬は厳しい規則だが、時々会員の抜き打ち検査をしている。それくらいの厳しい規制をしないと、元受刑者たちは社会に認められない。

カールソン会長とKAWASAKI

☆KRISの活動
日常の活動は、刑務所を訪問して受刑者を励ます、刑務所生活の愚痴を聞く、出所後は支援すると伝える、立ち直った会員の成功ストーリーの講演をする、社会生活の勉強会の開催など。ストックホルムでは毎年1,500人の受刑者たちと話をしている。刑務所の中に入ってのこのような活動が許されているのはKRISだけ。会員であっても、10年間無犯罪が証明でき、出所後3年を経過している人に限られる。刑務所の外では、会員の相談会、会員の懇親会、活動支援金の申請、募金集めなどの事務仕事が山ほどある。
『制裁』の作者ベリエは、KRIS最高の成功ストーリーだ。彼はここに取材にきたジャーナリストといっしょに小説を書いた。『三秒間の死角』、『死刑囚』など、世界中で500万以上の人たちに愛読されている。残念ながら2017年に病で命を落とした。
我々の話を聞いた受刑者は、希望をもって刑期を終える。だが、出所者は出た時から苦しみが始まり、麻薬の後遺症に悩まされる。出て48時間が特につらい。わたしたちが迎えに行き、出所を祝い、落着く場所まで連れていき、個人生活の確立に必要な書類などを整えさせる。家族への連絡、銀行口座の開設、IDカードやクレジットカードの作成、借金返済計画の作成など多くの手続きが押し寄せる。必要なら住宅を確保したり、仕事を与えることもある。
このあとも、全国各地の支部の活動などの説明がありました。途中で役所から会長に呼び出しがあり、この会見は終わりました。

☆女性こどものための活動
2回目の訪問では、サラ・ウォルド女史が説明してくれました。17年3月からストックホルム支部代表の職にあるそうです。
15年間麻薬を続け、9か月間の治療施設で麻薬を抜いてから、さらに4年間刑務所にいた。2014年に出所したが、生活のための事務手続きができなかったので、KRISに支援を求めた。カールソン会長の手伝いをしながら仕事を覚え、いまはカウンセラーの夫と2人でKRISで働いている。
新しい活動として、シングルマザーの子どもたちを犯罪から守りたいと考え、母親会を作った。女性犯罪者は少ないが、80%の人がレイプや売春強制などの暴力を受けていて、犯罪被害者としてのトラウマが激しい。

左から3番目が会長、4番目がストックホルム支部代表

☆受刑者の待遇
25才前後の青年が奥から出てくると、ウォルド女史が招きました。
「刑務所のようすを話してくれない?」
青年は腰を下ろして、話しはじめました。
「この国の刑務所の規律は、アメリカなどと比べるとゆるやかです。労働時間は一般社会と同じで平日の8時から16時まで、週に40時間です。それに時給13kr(約200円)の報酬があります。仕事の種類は、縫製、梱包、庭園整備など。一般家庭のような食事が取れるし、定期的に伴侶と愛を交わす場所も設けられています」
質問がでました。「日本では囚人の25%が知的障害者で、さらに精神障害者や認知症の人も増えています。スウェーデンではどうですか?」
「刑務所には、精神障害者、知的障害者はいません。精神障害者は医師の診断を受けて、治療施設に入るし、知的障害者は専門の支援付き住宅に入ります。受刑者のほとんどがアスペルガー、ADHDです」
 わたしたちは当然のことを聞いたように、うなづきました。でも、日本とはすごく違う。
「受刑者は刑期が終わって、いきなり外へ出るわけではありません。社会に慣れるために、出所の9か月前から、足首に電子監視装置をつけて刑務所の外に出ます。昼間は外出できますが、16時には指定の場所に戻っていなければなりません」
話しながら彼は、ズボンをたくし上げて、脚首につけられた監視装置を見せてくれました。「これが装置です」 一瞬のことでしたが、5センチ四方位の灰色の器具が見えました。
「16時が近いので戻ります。これがあるので遅刻はできません。また会いましょう」とズボンのすそを下ろし、慌てて出ていきました。

☆KRISをスウェーデン社会に認めさせた
その時初めて、彼が現役の受刑者であり、すでにKRISの支援を受けている人と気がつきました。彼は「また会いましょう」といいました。出所したら、ここで働くのかもしれません。KRISは刑務所を出る前から、受刑者に安心感を与えている。社会とのつながりがあると思えれば、出所してからの暮らしに不安はないはずです。KRISの活動は元受刑者でなければできない仕事だ、と実感できました。訪問したからこそわかる貴重な体験でした。
 「受刑者のほとんどがアスペルガーやADHDだとしたら、KRISの人たちもみなそうですか?」遠慮のないこの質問には驚きました。
ウォルド女史は笑いながら答えました。「もちろん私たちはみんな、ADHDかアスペルガー。会長のクリスターなんか典型的なADHD。そうでなきゃ麻薬なんかやりませんよ」
ADHDやアスペルガーの人たちでも、十分すぎるほど社会の役に立っている。ディズニーやスピルバーグ、ビル・ゲイツがいたからこそ、世界はより楽しくなりました。少しくらい変わっているからって、社会から締め出す必要はない。先進国ではこれ以上人口が増えない、という共通の現実があります。いまいる人たちを有効に、幸せに生きてもらうことが、お互いのためになる。そのことにスウェーデンの元受刑者たちは気づいたのです。そして、スウェーデン社会もそういう方向に考えるようになってきたようです。
「私、来週、シルヴィア王妃が主宰する会議に呼ばれているの」 ウォルド女史が誇るように言いました。シルヴィア王妃は国王カール16世の奥様で、児童ポルノの排斥、離宮の敷地に認知症専門介護士学校を設立するなどの社会活動に尽力し、尊敬される存在です。
スウェーデン社会がKRISを認めてきた、元受刑者を必要な人として受入れようとしている。そういう時代なのよ、と彼女は言いたかったようです。
北欧ミステリーに導かれ、懸命に生きようとしている人たちに出会いました。さらにこの旅を続けようと思います。 








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