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コロナウイルス危機と憲法(4)

緊急時の国家の意思決定は?

 これまでは「コロナウイルス危機と憲法(1)」の記事で示した論点(A)、つまり緊急時において権利や自由を制限する問題について検討してきました。

 次に論点(B)、つまり緊急時における国家の意思決定の問題について考えてみましょう。

 これは「どのような緊急事態・非常事態を想定するか」で前提条件がまったく違ってきますから、なかなかきれいに整理するのが困難な論点です。まずは具体的な状況をいくつか想定してみることから始めましょう。

 戦争が最も極端な例ですが、パンデミックや自然災害などの非常時においては、政府としての迅速な意思決定が求められ、さらに国家の機能そのものがうまく働かなくなる場合も考えられるのは事実です。

国家の意思決定をどう確保するべきか

 このような場合に、どのように国家の意思決定を確保し、迅速に動いていくのかという課題はもちろん重要なのですが、難しい問題をはらんでいます。

 これについての仕組みづくりとしては

①憲法を改正して非常時に例外的な扱いを定める規定を作る(いわゆる緊急事態条項)
②憲法はそのままにして、憲法よりも下位の法律のレベルで緊急事態について規定する(コロナ特別措置法の緊急事態宣言などもこの一種)

の二つがとりあえずは考えられます。(「とりあえずは」と書いたのは、この二つのどちらによっても対応できないケースもあるからです。後で説明します。)

 まずは、対応策を考える前に、どのような危機の事態が起こりうるのか、想定してみましょう。危機といってもどの程度の危機を想定するかでまったく様相が違ってきます。

 国家の三権のうち司法(裁判所)はひとまず置いておいて、行政(内閣)と立法(国会)の機能に問題が起こるケースについて考えてみましょう。

内閣が危機に陥ったら?

 仮に異常な災害等により内閣が機能しなくなった場合、どうなるでしょうか。内閣総理大臣が傷病や一時的な行方不明で当面執務不能になった場合は、あらかじめ「臨時代理」として指定された大臣がとりあえずは代行することになります。現時点では、麻生副総理、菅官房長官、茂木外務大臣、河野外務大臣、高市総務大臣の順番で臨時代理があらかじめ決められています。

 仮に内閣総理大臣が死亡してしまった場合は内閣総辞職ということになり、国会が新たに議員の中から後任を指名します。(もちろん国会がまともに機能している場合の話です。)

 ちなみに憲法上は、内閣を構成する国務大臣の数には下限はないので、極端な話をいえば、理論上は内閣総理大臣ただ1名だけでも内閣は成り立つことになります。(逆に上限は、憲法ではなく内閣法によって、原則として国務大臣は14名まで、例外的な場合に17名までとされています。)
 非常事態の際には少人数の内閣というものが実際に成立するかも知れません。

国会が閉会中に内閣が崩壊したらどうする?

 ここで一つネックがあり、内閣総理大臣が死亡するような緊急事態が国会の会期中に起こった場合はそれで良いのですが、閉会中に起こった場合は問題があります。日本国憲法では国会を召集するのは天皇の国事行為であり、実際に決めて判断するのは内閣ということになります。
 内閣総理大臣が死亡し、臨時代理も出せないほどの状況になったら、誰が国会を召集すれば良いのでしょうか。こうなってくると、何らかの形で国会が自分の意思で召集し会期を始めることができるようにする必要がありますが、現在の憲法ではそれを定める条文がないという難点があります。

国会が危機に陥ったら?

 次に、国会の方が危機に陥った場合を検討してみましょう。国会が機能しなければ、内閣総理大臣を選びなおして体制を立て直すこともできません。国会の機能は非常時に対応できるようになっているでしょうか。

国会の定足数

 まず国会の定足数はどうなっているかというと、憲法では

第56条 両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。

 とされています。ここでいう「総議員」に欠員を含めるかどうかの議論もありますが、とりあえず法定数を基準にして考えた場合、衆議院が465名、参議院が248名なので、衆議院は155名、参議院は83名の議員が存在していれば議事を開くことが可能というわけです。

 問題は、災害などで多数の議員が死亡または行方不明となって、この定足数に足りなくなった場合はどうでしょうか。一つの考え方としては、死亡の場合は欠員として「総議員」からはずして考えるという解釈を取ることです(現実にそういう解釈を取る説も多数の支持を得ているようです)。例えば衆議院議員が465名中165名死亡した場合、465名の法定数ではなく欠員を除いた300名が「総議員」にあたるのだと解釈すれば、100名で定足数が満たせることになります。

参議院の緊急集会

 次に、非常事態が起こっている最中に、衆議院議員が解散または任期満了で議席を失ってしまい、しかも総選挙が物理的に当面実施不能な場合は、国会の活動はどうなるでしょうか。

 この場合は、憲法54条2項の次の規定を活用することが一応考えられます。

衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。

 条文上は「衆議院が解散されたときは」とありますが、解散だけでなく任期満了でも衆議院議員が議席を失うことに違いはないので、任期満了の場合も排除する趣旨ではないと解釈し、緊急集会で、参議院単独で国会の機能を代行するわけです。 

 仮に参議院議員も同じ時期に任期満了となって、参議院選挙も不可能な場合はどうでしょうか。この場合は、参議院はもともと半数ずつが任期6年で3年ごとに改選されることになっているので、半数だけでも機能することが当然に想定されていると解釈し、参議院のうち改選されない半数の議員だけで緊急集会を行えば良いのです。

  このような緊急集会が国会の代わりとして行った措置は、あくまでも臨時のものですから、次のような規定が憲法第54条3項に設けられています。

前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであって、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失う。

 つまり衆議院が機能を回復して、国会が開会できるようになってから10日以内に、衆議院が後から同意しなかった場合は、緊急集会で決議した措置は効力を失うということです。ここでの「効力を失う」というのは、「最初から無効だったことになる」という意味ではなく、「将来に向かって無効となる」(=さかのぼっては無効とはならない)と理解されています。

 ただし緊急集会も、現在の憲法では、内閣が求めて行うものとされており、参議院が自発的に行うものではありません。内閣が機能していれば良いのですが、そうでない場合には、現在の規定のままでは参議院の緊急集会を行うことができないので、ここも問題を残しています。

国会議員が集合できない場合は?

 一方、パンデミックや災害等によって国会議員が国会議事堂に集まって議事を開会するのが困難になった場合はどうすれば良いでしょうか。

これについては、憲法や法律を変えるのではなく、オンライン会議を導入するなどの物的な設備を整える方法によって対応すべき問題と考えられます。

 最近、ある新聞が「オンライン会議を導入するために憲法改正が必要」という趣旨の記事を掲載していましたが、現実に企業などでオンライン会議が普及してきている今日、現在の憲法の条文を、明らかにオンライン会議が許されない趣旨と解釈する必然性はなく、「出席」「会議」などの語句は、すべてオンライン会議も含む意味に理解すれば足りるでしょう。

 従ってオンライン会議を実現するには、憲法改正の必要はないので、あとは細かい実務的な部分について必要があれば、国会法、衆議院規則、参議院規則を改正することで対処すれば良いと思われます。

国会が壊滅状態になってしまったら?

 さらにいえば、SF的な想像の話のようになってしまいますが、パンデミックに限らず、怪獣や宇宙人の襲撃とか、巨大隕石の衝突などによって、国会議員のほとんどが死亡または行方不明となり、国会が一切機能しなくなってしまい、すぐに選挙を行って議員を選びなおすことも不可能になっている場合はどうすれば良いでしょうか。

 このような場合については、憲法を変えて内閣に緊急時の巨大な権限を与えれば良い、という考え方があります。具体的には、国会が審議して法律を制定することができない場合、内閣が法律の代わりになるような政令を直接制定し、それに法律と同じ効力を持たせるということであり、要するに内閣に行政権だけでなく立法権も与えてしまう方法です。自民党の憲法改正案は、基本的にこれに近い発想に立っています。(以前の記事参照

 これは非常に効率的ではありますが、反面、内閣に行政と立法を兼ねる巨大な権力を与えるということであり、現実には国会が活動不可能ではない場合にも悪用することが可能になりかねず、メリットと共に危険性も非常に大きい手段です。

国会が壊滅したら内閣も無事ではいられないのでは?

 もう一つの難点として、そもそも国会が現実に壊滅するような状況で内閣が無事などということがありうるのかという根本的な疑問があります。内閣は(現在の内閣法を前提にすると)17名以下ですが、国会は衆参両院合わせて法定数は700名以上です。
 大災害などが起こった場合、内閣よりは国会の方がはるかに生き残れる可能性が高く、「内閣が無事で国会が全滅する」という事態よりも、「国会が無事で内閣が全滅する」という事態の方がずっと現実的ですから、後者の状況をまずは優先して心配するのが妥当と思われます。内閣総理大臣が死亡しても国会が機能できるなら、先ほど触れたように後任を国会が指名すれば良いだけです。(ただし召集手続などの面で問題があることも既に説明しました。)

国会も内閣も壊滅したら?

 それでは、国会も内閣もほとんど全滅してしまうような極限状況になったら、どのように対処を想定すれば良いのでしょうか。
 このような状況を憲法に書き込むとすれば、極端な話「国の機関がすべて活動不能となった場合は、国民のうち活動可能な者の中から指導者を選出し、その指導者に全権を付託するものとする」とでも決めておくしかないでしょうが、そこまで至った場合、このようなことを憲法にあらかじめ書いておく意味があるのでしょうか。むしろ下手にこのような規定を作ってしまえば、悪用の恐れすらあるのではないでしょうか。

緊急避難

 このような極限的な事態では、おそらく生き残った閣僚や議員が可能な限り現行法を駆使し、また人々の協力を求め、時には違法覚悟で人命救助などに当たる行為をして対応していくしかないと考えられます。当然、憲法や法律上の規定にそぐわない行為が多々発生することが考えられますが、それは「緊急避難」と考えるのです。(さきほどの「①」「②」のどちらでもない方法がこれです。)

 「それでは、国家緊急権を認めたのと同じではないか」と言われるかも知れませんが、似て非なるものです。
 「国家緊急権」というと、国家の本来的な権利・権限として緊急時に法を超えた行為を行うことができるようなニュアンスになりますが、そうではなく、本来は違法であるものをあくまで緊急のやむを得ない場合限定で、違法性を阻却するという形で扱うのです。つまり緊急の権限があるのではなく、権限は本来はないけれども人命救助などのためやむを得ない限りにおいて違法性を問わない、という扱いにするのです。

 ややとりとめがない感じになりましたが、緊急事態を想定するということは、非常に難しい問題がいろいろあるわけです。次回ではもう少し整理して考えてみましょう。

(以下、続く)


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