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自民の改憲案が実現していたら、コロナ対策はどうなっていたの?

はじめに:仮に改憲されていたらコロナ対策は?

 このnoteでは、コロナ危機と改憲問題について何度も語ってきたところですが、今回はガラッと切り口を変えて
「仮に日本が、自民党の案のとおりに憲法を改正していたら、コロナ対策ではどうなっていたのか?」
ということを検討してみましょう。

 「自民案のとおり憲法改正して、緊急事態条項があれば、コロナ対策はうまくいっていた」とか「改憲すれば病棟や医師がすぐ揃っていたはず」などという評論家や政治家もいますが、実際のところ、どうだったのでしょう。

 自民党の改憲案は、2012年の「草案」と2018年の「たたき台素案」の両方がありますが、ここでは2018年の「たたき台素案」の方で考えてみます。

特措法を改正するための国会審議は必要なくなる

 現在、コロナ対策の中心となっている法律は、新型インフルエンザ等対策特別措置法と感染症法(以下、まとめて「特別措置法等」と呼びます)であり、これは2021年1月から2月に国会審議を経て改正されたばかりです。
 仮に、自民の案通りに改憲されていた世の中だったら、このあたりの動きはどうなっていたでしょうか。

 まず常識ではありますが、コロナ対策で特別措置法等のような法律を制定したり改正したい場合、通常は内閣が法案を国会に提出して審議し、必要があれば野党の修正案も盛り込んで最終的に可決して成立させます。

 これに対して、自民案の通りに改憲していた場合、国会を開いて特別措置法等の改正案を審議する必要がなくなります。どういうことかといえば、特別措置法等のような法律の代わりに、「政令」で同じ効果を出すことができるようになるからです。自民改憲案の該当箇所は、次のとおりです。

第73条の2
 (第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。

本来、政令は法律よりも弱いはずだが


 「政令」というのは、内閣が閣議決定して決める命令です。つまり国会を通す必要がありません。
  政令は本来、法律よりも劣った効力しかなく、法律と無関係に勝手に刑罰などを盛り込んだり国民の権利を制限したりすることはできません。刑罰を決めたり国民の権利を制限するのは、あくまでも法律がある場合に限られます。(法律で刑罰や権利制限を決めたうえで、それに基づいて細目を政令で決めることは一応可能です。)

 国会は国民から民主的に選ばれた議員から構成されるのですから、国会で審議して作った法律が、内閣の閣議決定だけで勝手に作れる政令よりも優先されるのは当然のことです。

閣議決定だけで刑罰すら決められる政令

 ところが自民の改憲案では、この例外で、緊急事態の時には、法律抜きで、同じことを(国会なしで、閣議決定だけで作れる)政令だけで決めることができるようになるのです。

 おそらく「特別措置法等」(の改正)の代わりに「特別措置令等」のような形で、閣議決定だけで営業制限や入院などを決めることになるでしょう。
 強制力を持たせることも可能になるわけですが、強制力というのは結局は罰則の裏付けが必要です。つまり、閣議決定だけで国民に対する刑罰の条項を決めてしまうこともできるようになるわけです。

 「緊急時は国会を通さない方が物事を早く決められるのだから、結構ではないか」というかも知れませんが、そもそも法案というのは国会に出すまでが大変なので、案ができるまで担当の省庁(例えばコロナ対策であれば、主に厚生労働省)が様々な企画、検討や調整を行うのに時間をかける点は同じであり、国会審議の部分がなくなるだけです。

改憲していたら、特措法改正が12日間だけ早くなっていた

 とはいえ、国会審議をしなくても、政令を閣議決定で作るだけで特別措置法等改正と同じ効果が得られるのであれば、その分だけ政策のスピードが速まるという意味では確かにメリットがあるようにも思えます。

 それでは、仮に自民の改憲案どおりの世の中になっていたら、具体的に、特別措置法等(特別措置令等)の改正は、どの程度今よりも早く完成できていたのでしょうか。

 まず現実の政治の流れがどうだったかというと、菅内閣が特別措置法等の改正法案を閣議決定して国会に提出したのが、2021年1月22日でした。
 それから国会審議の中で修正を経て、最終的に参議院で可決されて成立したのが2月3日です。つまり国会に法案を提出してから審議されて可決成立するまで、わずか12日間でした。

 自民の改憲案の通りになっていたとしたら、この国会の審議の12日間の部分をすっ飛ばして、法律ではなく政令で(つまり国会抜きで、内閣が閣議決定するだけで)同じことをやっていたことになります。
 つまり改憲していたとしても、その国会審議の部分をカットできるだけですから、単に12日間早くなっていただけです

 「それでも、早くなる分だけメリットがあるではないか」と思う人もいるかも知れませんが、国会の審議は、問題点を指摘しあって改善するという効果もあるので、国会抜きになると、そのせっかくの長所がすべて失われてしまいます。

コロナウイルス対策の基本方針が憲法に書かれるわけではない

 「それだけなの?もっとメリットはないの?」と言われそうですが、自民党の改憲案のとおりに憲法改正したところで、憲法にコロナウイルス対策や感染症対策の具体的な指針が都合よく生まれてくるわけではないし、何でも対策がかなえられるようになるわけではないのです。

 この点、憲法を改正すれば、いざというときの感染症対策の基本方針が憲法に規定されて、政府も自治体も医療界も効率的に動けるようになるかのような勘違いをしている人がいますが、憲法にそんなことをいちいち書き込めるはずがないのであって(公害対策や原子力問題や自然災害対策を憲法に個別に規定していられるわけがないのと同じ)、自民党の改憲案もそんなものでは全くありません。
 憲法を改正しようとしまいと、実際の国の政策の指針は、(あらかじめ決まっているものを除き)現実に問題や災難が起こってから考えるしかないのです。

特措法等の刑罰案の問題は修正されないままになる!

 一方、国会審議を省略できてしまうことによる弊害はもちろん大いにあります。

 実際の特別措置法等改正案を菅内閣が国会に提出したときには、当初は入院拒否について懲役刑を科するなどの条項があり、国会審議で問題となりました。
 野党や専門家からは「罰則が重すぎる」とか「入院拒否者を懲役刑に処するのは非現実的でむしろ有害」などという反対意見も出て、協議し検討した結果、懲役刑ではなく、科料という軽い制裁金だけで済ませることにして解決したのです。

 しかしながら、自民改憲案のとおりになると、国会を通さずに内閣が閣議決定ですべて決められるのですから、法案の無茶な部分についても、そういうブレーキがまったく効かないことになります。
 内閣が決めたことが、何の異論も修正も再検討もなく、そのまま通用するようになって、国民に強制力(=要するに究極的には刑罰)を及ぼすようになるだけです。

 以上をまとめると、仮に自民の改憲案どおりの世の中になっていた場合、次のとおりとなります。

①特別措置法等の代わりに特別措置令等のような「政令」の形で、国会の審議は一切抜きで、内閣が決めた時点で、現在より12日間早く成立していた
②国会で行われた懲役刑の削除が行われず、懲役刑つきの政府案のまま、何の修正も検討もなく、そのまま施行されていた

国会の事後承認の問題

第73条の2
 (第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

 さて、自民党の改憲案では、このような措置については、国会で「速やかに」事後承認を得なければならないことになっていますが、事後承認を得なかった場合にどうなるのかまったく決められていません。
 (事後承認がなかった場合、その政令は最初から無効だったことになるのか、ある時点以降無効になるのか、無効にはならず単に内閣の政治責任が問われるだけなのか、何も自民の改憲案では規定がないのです。そもそも「速やかに」の定義もわかりません。一体どうすれば良いのでしょうか。)

 ちなみに、これまで自民党政権は、臨時国会の召集を拒否して、何ヶ月も怠けていた前科が何度もありますので、事後承認もないまま放置されて、いたずらに混乱が拡大する可能性すらあります。

 以上、コロナ対策の特別措置法を例に挙げましたが、他の案件についても、国会を通さずに、政権が次々に閣議決定だけで勝手に政令を(しかも罰則付きで)乱発していく危険は大いにあるでしょう。

コロナを口実にして選挙の無限延期が可能!

 さて、これよりもはるかに大きな問題点が自民党の改憲案にあります。それは、選挙の無限延期が可能になるという点です。条文の案を見てみましょう。

第64条の2
  大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

 さきほどの政令の問題点について
「内閣が無茶な政令を乱発して国民の権利を害したら、次の選挙で内閣はダメージを食らうから、それが歯止めになる。そういうところが民主主義だ。」
と思っていた人がいるかも知れませんが、その「次の選挙」がいつ行われるかわからなくなってしまうのが、自民党の改憲案なのです。

 今年の例でいえば、遅くとも秋には衆議院の総選挙が行われることになっていますが、自民党の改憲案によれば、緊急事態を理由にして、これを延期することができてしまうのです。
 延期できる期間に限定はありませんから、極論すれば「コロナ危機が終わっていないから」という理由で、いつまでも選挙を延期して、政権が居座り続けることも可能な仕組みになっているのです。

2021年の衆議院総選挙は間違いなく先送りされる

 衆議院の場合、2021年4月末時点の議席数は、自民と公明だけでほぼ66%を占めているので、あと維新などから多少とも賛成者が加われば、2/3の決議で選挙を延期してそのまま居座り続けることが可能ということになります。

 現在、菅内閣の支持率が低いのが自民党の悩みですから、仮に改憲していたら、間違いなく2021年の秋の総選挙を限りなく先送りして、いつまでも議席を維持し続けていることは間違いありません。

 この選挙の先送りがいつまでできるかというと、自民党の改憲案には、限度が一切決められていません。つまり理屈の上では、無限に選挙を先送りして、現職の議員たちがいつまでも居座り続けることが可能になるのです。

 この点は、コロナ対策に役立つかどうかは知りませんが、コロナ危機を口実として議員たちが選挙を回避して居座り続けるためには役に立つことでしょう。

結論 - もし改憲されていたらどうだった?

 全体的な結論としては、仮に現在、自民党の案の通りに憲法が改正されていた世の中だったとしたら、次のとおりになっていたということは言えるでしょう。
 1 コロナ対策の特別措置法(の改正)の代わりに「特別措置令」のような政令を作ることになり、菅内閣が決めたままの案が、国会を通すことなく、(刑罰などの問題点についても、何の修正もなく)そのまま施行されていた。
  それにより、実際の現状に比べて、特別措置法の改正が12日間だけ早くなっていた。

2 コロナ危機を大義名分にして、遅くとも秋に行うべきはずの衆議院の総選挙を実施せず、いつまでも先送りし、現在の議員たちがそのまま際限なく居座り続けることが可能になっていた。

 「改憲していたら、コロナ対策そのものが現状よりうまくいっていたはずだ」などと考える理由は特にありません。ただし政権与党にとっては都合が良い世の中になっていたでしょう。何しろいつまでも選挙を後回しにして議員のままでいられるし、その間、政権を続けられるのですから。

 「改憲したとしても、いくら何でも為政者がそうそう無茶なことはしないだろう」と思った人もいるかも知れませんが、憲法とはもともと権力者が権力を濫用する危険があることを踏まえて、その暴走を防ぐために様々な制約をもうけているのです。
 わざわざ権力の濫用や暴走が起こりやすくなるように「改正」するのは、おかしな話です。


 


 

 


 

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