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世論調査の「憲法改正に賛成ですか、反対ですか?」という質問は、まったく無意味である件

世論調査の改憲賛否の質問 

 政治に関する世論調査でよく出てくるのが「憲法改正に賛成ですか、反対ですか?」とか「憲法を改正すべきと考えますか?」という質問項目です。

 例えば2021年5月に行われたNHKの世論調査では、「今の憲法を改正する必要があると思うか」という質問があり、これに対する回答としては「改正する必要があると思う」が33%、「改正する必要はないと思う」が20%、「どちらともいえない」が42%という結果が出ています。

 また2021年11月の朝日新聞の調査では、「岸田政権の下で憲法改正をすること」についての賛否の質問があり、これに対しては「賛成」40%、「反対」36%でした。ちなみに2020年1月に「安倍政権下で憲法改正をすること」について問うた時は、「賛成」が32%、「反対」が50%だったそうです。

 このような結果から、私たちは何を読み取ることができるでしょうか。

調査結果からは実は何も読み取れない!

 結論からいうと、「何も読み取れない、無意味な質問である」というのが妥当なところだと思います。以下、具体的に説明しましょう。

 「例えば憲法を改正すべきという人が33%いるというなら、それは有意義なデータではないか」といわれるかも知れませんが、そうではありません。
 なぜなら「どのような改正をするべきと考えているのか」について何の情報も与えてくれないからです。

死刑廃止派と死刑拡大派の数を合算して何か意味があるの?

 わかりやすく別な分野のたとえで説明してみましょう。ここでは、「刑法」を例にとってみます。
 例えば、死刑を廃止したいという人が10%いるとします。死刑を廃止するには、刑法を改正する必要があります。
 またそれとは逆に、死刑の適用される罪を拡大したいという人も12%いるとしましょう。死刑の適用範囲を広げるにも刑法を改正する必要があります。
 どちらも刑法を改正したいという点だけでいえば共通していますから、ともに「刑法改正派」と言えなくはありません。

 しかしだからといって、ここで死刑廃止派10%と死刑拡大派12%をあわせて「刑法改正派は22%いる」と言ったところで、何か意味があるのでしょうか。両派はまったく真逆の改正を望んでいるのです。それをひとくくりにして「22%」と言う意味があるのでしょうか。

改正派は、実は改正反対派でもある!

 これに対しては「両派はそれぞれ立場は違うとしても、何らかの形で現状を変えたいという点では同じなのだから、合わせて22%と言う数字に意味がある」という意見があるかも知れませんが、実はそうではありません。

 死刑廃止派は、死刑廃止の方向で刑法が改正されることは望んでいますが、死刑拡大の方向で刑法が改正されるくらいなら、現状の方がマシだと考えるはずです。そういう意味では「改正反対派」でもあるのです。

 死刑拡大派も同じです。死刑廃止の刑法改正が行われるくらいなら、現状の方がまだ良いと思うわけですから、やはり「改正反対派」でもあることになります。

 つまり、両者を単純に合算して「刑法改正派」とすることは実はおかしいのです。

まったく方向が違う憲法改正派同士の数字を合わせる意味はない

 憲法改正の問題についても、これと同じことが言えます。

 例えば憲法9条を改正して、「自衛隊」または「国防軍」を明確に憲法の条文に入れて、軍事行動をしやすい憲法にしたいという意見がそれなりに存在します。これは当然、「改憲派」(憲法改正派)ということになります。

一方、憲法9条を逆方向に改正して、現在のような解釈の余地すらなく、「自衛隊」だろうと「国防軍」だろうと「警察予備隊」だろうと、一切の軍事組織を持つことが絶対に不可能であることを明確にして、自衛隊を完全廃止するような条文を作りたいという意見の人も(少数ですが)ないわけではありません。これも「改憲派」と言えば言えるでしょう。

 しかし、ここでこの両派をあわせて「改憲派」といっても、何の意味もないのです。前者の改憲案には後者は反対するでしょうし、逆に後者の改憲案には前者は間違いなく反対するのが目に見えているからです。

憲法改正派は、自分の望まない別な案に対する改正反対派でもある

 9条の代わりに1条の天皇制について考えてみても同じことです。
 天皇制を廃止したい「改憲派」と、天皇の地位や権限を強化したい「改憲派」がいるとして、前者の天皇制廃止の改憲案に対しては、後者の天皇強化派は、現状の条文の方がまだマシだと考えるから、当然、必死で「改憲反対」を主張することでしょう。
 また、後者の天皇強化の改憲案は、前者の天皇制廃止派にとってはとんでもないもので受入不可能ですから、やはり現状の方がまだマシということで、強硬な「改憲反対」派になるはずです。

 このように、単純に中身を問わず「改憲派」か「改憲反対派」かだけを分ける分類をしても、まったく意味をなさないもので、結局は改憲案の内容次第なのです。
 どんな「改憲派」も、自分の希望しない方向に向かう改憲案に対しては「改憲反対派」になるし、どんな「改憲反対派」も、自分の理念に合う方向への改憲案であれば反対するわけがないので「改憲派」ということになるわけです。

馬鹿げている世論調査の質問方法

 以上のとおり考えてみるなら、新聞やテレビの世論調査で、何の具体的な中身も説明せずに、単純に「憲法改正に賛成か反対か」とか「憲法を改正すべきかどうか」などと二択で問うことが非常にバカげていることがわかるでしょう。

 仮にこの世に「どんな改憲案でも、中身を問わず絶対に賛成する人」と「どんな改憲案でも、一字一句だけでも変えることに絶対に反対する人」しか存在しないのなら、世論調査の単純二択の質問も意味があるでしょうが、現実にはそのような人は存在しません。

 「刑法を改正すべきか」とだけ質問されて、死刑廃止派と死刑拡大派がどちらも「改正すべき」といったところで、両方の数字を合わせる意味はまったくないのです。思い描く改正案はまったく真逆であり、それぞれ相手側の改正案に対しては「反対派」に転じるからです。
 それと同じで、憲法改正案の中身を示さないまま単純に「憲法を改正すべきか」というだけの質問では、その結果として出てきた数字には何の意味もありません。

「それぞれの改憲案を持ち寄って議論しよう」も無意味

 要約していうと、「ある案についての憲法改正派」というのは、必ず「自分の望まない案に対する改正反対派」でもあるわけです。
 従って、それぞれ違う案についての憲法改正派の人数を「合算」することはできません。
 思惑の違う改正派同士を無理に合算しても、それぞれ自分の立場と違う別な案に対しては、改正反対派になってしまうからです。

 最後にいうと、一部の論者や政治家が「各政党や政治家は、それぞれ違う憲法改正の案があるのだから、憲法改正すべきという一点では、共通の土俵を作れるはずだ。それぞれ持ち寄ってあわせて議論すれば良い」と主張することがありますが、これも無意味であることがわかると思います。

 何度も見てきたように、どんな憲法改正派の政党や政治家も、自分の望まない別な改正案に対しては、改正反対派でしかないからです。そこには共通の土俵など何も存在しないのです。


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