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「天皇は日本国民の統合の象徴である」とはどういうことなの?

はじめに

 憲法第1条では、天皇が「日本国民の統合の象徴」であると定めています。

 この点から「天皇は国民を統合させるようにしなければならない。つまり天皇、さらには皇族は、国民と心を通わせて、心を一つにするように働きかけるのが役割である」と主張する意見があります。
 (今回の記事では深入りしませんが、眞子内親王の結婚問題についても「皇族は国民の心をまとめて寄り添わねばならないのだから、国民が納得できないような結婚をしてはならない」とまで言う意見も世間に見られるところです。)

国民統合の象徴とはどういう意味?

 では、そもそも「国民の統合の象徴」とはどういうことなのでしょうか。

 先ほど述べたように、天皇が国民を統合させる存在だと考えると、天皇は国民の意識とか心をまとめるのが役割だと考えるのが当たり前のように思えてくるかも知れません。

 現上皇が在位中に積極的に各地を訪問して、いろいろな人々に声をかけたり儀式で挨拶をしたりしていた姿が印象的だったので、こういう発想は割と受け入れやすく、別に何もおかしくないようにも思えます。

 しかし一見わかりやすいこの説明は、憲法を普通に見てみれば、破綻した理屈であることがすぐわかるのです。

国民には思想・良心の自由と信教の自由があるから「心が一つ」などありえない

憲法の次の条文をまず見てください。

第十九条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない(以下略)

 特に解説は必要ないと思います。思想および良心の自由は不可侵ですから、国民がどのような思想を持つこともそれ自体は自由であり、さらに信教の自由も保障されています。

 実際問題として、天皇制反対派や無関心派、さらに皇室ゆかりの神道とか天照大神を一切認めない宗教や思想の人も、日本国民の中にはそれなりに存在しているわけで、これらの立場を取ることも日本国憲法ではまったくの自由とされています。

 国民の中にはそういう人々も存在するのですから、国民の考え方が「一つ」になるわけがなく「天皇・皇室が国民の心を一つにまとめて統合する」などということは本来あり得ないし、あってはならないことになります。

日本国民はもともと一つの国家に「統合」されている

 それでは、「国民統合」とは一体どういうことなのでしょうか。

 それは、もともと国民は統合されている状態であって、その状態を天皇が(いわば印とか記章のような立ち位置で)象徴する、とでも解釈するしかないでしょう。天皇と関係なく、もともと国民は統合されていて、それを象徴する役割を天皇に任せている、ということです。

 日本国は一つの国家であり、国民は思想や宗教を問わずその日本国という「一つの国家」の国民とされているのですから、「統合」されているのは当たり前です。

天皇が国民の心を「統合」できるわけではない

 つまり「日本国民の統合」とは、政治的・法的な側面で「一つの国家」の国民だから統合されているという、あまりにも当たり前で非常に平凡なことを意味しているだけであって、別に「国民の『心』『心情』のようなものが天皇によってまとめられて一つになる」とか、「国民を統合するためには天皇が必要だ」とか、まして「天皇がいなければ国民が統合されずバラバラに崩壊してしまう」などという意味ではないのです。

 このような意味で、もともと統合されている「日本国民」を、天皇が「象徴」するというだけのことです。象徴が持ち出される前の時点ですでに統合されているのですから、天皇が象徴するのでも、別な人や事物が象徴するのでも、本質は何も変わらないということになります。

 国民が天皇・皇室と「心」を一つにするとか、天皇・皇室のもとで国民の「心」が一体になるなどというのは、大日本帝国憲法ならともかく、思想や信教の自由を保障する日本国憲法のもとでは余計なお世話どころか、およそ想定されていないことであり、そのような「心」の側面に天皇や皇室が立ち入ってくるというのもおかしな話なのです。

憲法は国民に「天皇を象徴だと考えろ」と命じているわけではない

 なお最後に参考までに、憲法学者の長谷部恭男教授の言葉を紹介しておきます。

 「鳩が平和の象徴であるのは、多くの人が、ハトを見ると平和のことを思い起こすからである。同じように、天皇が日本の象徴であるか否かは、多くの人々が天皇を見て日本のことを思い起こすか否かという事実に依存している。(…)これ以上に、憲法が『天皇を日本国の象徴だと考えよ』と人々に命じているとすれば、それはナンセンスな命令である。思想、良心の自由を保障する憲法19条を持ち出すまでもなく、法は人の内心に及びえない。」
(樋口陽一編『ホーンブック憲法』改訂版・北樹出版、110頁)

 


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