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日本学術会議の会員任命拒否は何が問題か

日本学術会議の会員の任命拒否問題

 学問研究に関する国の機関で、実績のある研究者を会員として構成されている日本学術会議が新会員として推薦した候補のうち6名について、菅首相が会員に任命しなかった問題が報道されています。

 これについては既にメディアやネットで議論されていますが、一体何が問題なのか、私なりに整理してみましょう。

議論の出発点 - 総理も自由自在に任命できるわけではない

 まず初歩的な話になりますが、そもそも論として
「民主主義国家の機関の人事なのだから、内閣総理大臣がその人員を任命したり任命拒否したりできるのは当然だ。総理は民主的に選ばれたのだから、総理の判断に不満があるなら、次の選挙で勝てばいい」
という類いの単純な議論は通用しないことに注意してください。

 民主主義の国で為政者を国民が選んでいるといっても、国民は別に独裁者や万能者を選んでいるわけではなく、あくまで憲法や法律で定めた一定の権限を行使する職能の人間を選んでいるだけです。
 つまり内閣総理大臣といえども、国の機関について(犯罪以外)何でもできる権限があるというわけではなく、憲法や法律で定められた範囲の権限を行使できるに過ぎません。日本学術会議の場合はどうかといえば、日本学術会議法という法律が定められています。

日本学術会議とは?

 それでは、この日本学術会議法を見てみましょう。といっても最初からえんえんと順番に見ていくのではなく、まずはいきなり第7条1項です。

第7条1項 日本学術会議は、210人の日本学術会議会員(以下「会員」という。)をもつて、これを組織する。

 特に難しいことはありません。210名の会員から日本学術会議が構成されることが決められています。それでは、この会員はそもそもどのようにして決められるのでしょうか。

会員の推薦と任命

第17条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。

 これで一つの手順がわかりました。まずは、日本学術会議が、優れた研究や業績のある科学者から会員の候補者を選んで、内閣総理大臣に推薦するわけです。推薦したあとはどうなるのでしょうか。先ほどの第7条の第2項を見てみましょう。

第7条2項 会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

 この箇所で、内閣総理大臣に任命の権限があることがわかります。日本学術会議が、世の中の優れた研究または業績がある科学者から会員の候補者を推薦し、それに基づいて内閣総理大臣が会員を任命するというわけです。

総理は自分が選びたい人を会員に任命できるのか?

 ここでいくつかの問題が出てきます。まず、内閣総理大臣は、推薦を受けてはいないが優秀な学者だと自分が思って尊敬している人を、自分自身の判断によって任命して、日本学術会議の会員にすることはできるでしょうか。

 答えはノーです。さきほどの日本学術会議法第7条2項で「会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」と決められているのですから、総理といえども勝手に誰かをいきなり任命できるわけではなく、日本学術会議の推薦に基づいた任命しか行うことはできません。言い換えれば、日本学術会議の推薦を受けていない人物は、総理であっても会員に任命することは不可能なのです。

総理は推薦された人を任命拒否できるか?

 総理が会員として任命できるのは、日本学術会議の推薦を受けた人物だけに限られることはわかりましたが、そうなると次の新たな疑問が出てきます。
 先ほどとは逆に、日本学術会議の推薦を受けた人物であれば、総理は必ず任命しなければならないのでしょうか。推薦された候補者に対して、総理は自分の裁量判断で任命を拒否する権限はあるのでしょうか。

 これは条文だけでは必ずしもわかりません。条文が「内閣総理大臣は任命することができる」となっていれば、任命を拒否することも可能であるように考えられます。逆に「内閣総理大臣は任命しなければならない」であれば、必ず任命しなければならないと考えられます。しかし実際の条文は、そのどちらでもなく「内閣総理大臣が任命する」なので、これだけでは決め手とはならないように思えます。

 このような場合は、総理に任命拒否の裁量権があるかどうかについて、日本学術会議の存在する意義、役割、目的などから総合的に考えていく必要があります。内閣総理大臣が会員を任命するのも、別に内閣総理大臣自身が満足するためではなく、日本学術会議が、その役割を適切に果たし、目的を達成できるようにするためなのですから、そういう観点で「任命拒否できる場合があるのか」を検討すれば良いというわけです。

日本学術会議の目的や役割は?

 ここで再び日本学術会議法の条文をチェックしてみることにしましょう。

第1条1項 この法律により日本学術会議を設立し、この法律を日本学術会議法と称する。
 2項 日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする。
 3項 日本学術会議に関する経費は、国庫の負担とする。

第1条2項で「内閣総理大臣の所轄とする」とされて、3項で「経費は国庫の負担とする」と決められています。こうなると、日本学術会議は国の費用を使って運営され、国民から選ばれた内閣総理大臣が「所轄」しているのだから、総理の裁量判断で任命拒否もできるように思えてきますが、もう少し条文を読み進めてみましょう。

第2条 日本学術会議は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする。

 これで日本学術会議の目的がわかりました。日本の科学者の内外に対する代表機関として様々な活動を行うことになっています。

 それでは、日本学術会議はどのような仕事を行っているのでしょうか。

 第3条 日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。

日本学術会議は総理からも独立して、指揮監督を受けない

 ここで「独立して」という言葉がいきなり出てきますが、これは非常に重要な部分です。一体何から「独立」しているのでしょうか。それは、内閣総理大臣の指揮命令から独立しているということを意味します。
 先ほど第1条で「内閣総理大臣の所轄とする」とされているのを見ましたが、この第3条では、内閣総理大臣の指揮監督を受ける組織ではないということを明記しているのです。つまりわかりやすくいうと、内閣総理大臣が、経費やその他の事務上の管理については面倒を見るものの、指揮監督はしない(できない)ということなのです。

 例えば内閣総理大臣は厚生労働大臣を指揮監督し、厚生労働大臣は厚生労働省の事務次官等を指揮監督するという関係にありますが、このような意味で日本学術会議が内閣総理大臣の指揮監督を受けるわけではありません。

 厚生労働省の事務次官は厚生労働大臣に反抗することはできませんが、日本学術会議の会員の場合は、内閣総理大臣に反抗して良いのかどうかという問題そのものが起こりえないのです。(命令を受ける立場にないのですから、そもそも反抗と呼ぶこと自体がおかしいということになります。)

日本学術会議は政府に勧告ができる

 さらにそれに続く条文も見てください。

 第4条 政府は、左の事項について、日本学術会議に諮問することができる。
一 科学に関する研究、試験等の助成、その他科学の振興を図るために政府の支出する交付金、補助金等の予算及びその配分
二 政府所管の研究所、試験所及び委託研究費等に関する予算編成の方針
(以下略)
第5条 日本学術会議は、左の事項について、政府に勧告することができる。
一 科学の振興及び技術の発達に関する方策
二 科学に関する研究成果の活用に関する方策
三 科学研究者の養成に関する方策
(以下略)
第6条 政府は、日本学術会議の求に応じて、資料の提出、意見の開陳又は説明をすることができる。

 これらの条文を見ると、政府は一定の事項について日本学術会議に対して「諮問」(=意見を求める)し(第4条)、日本学術会議は一定の事項について政府に対して勧告し(第5条)、さらに政府に対して資料提出や説明などを要求する(第6条)こともできることとされています。

 日本学術会議は政府に対して意見を述べるのですから、当然、政府の意向に合わせるのではなく、逆に政府の意向とは無関係に、学問上の成果に基づいた見地で意見を述べなければならないことがわかります。

 また政府に対して「勧告」したり説明等の「要求」をするのですから、なおさら政府の方針や政策から独立した立場であることが当然の前提になっていることも明らかでしょう。

原則として任命拒否できないと考えるべき

 さて、先ほどの疑問に戻りましょう。内閣総理大臣は、日本学術会議が推薦した候補者を、自分の裁量判断で任命拒否することができるのでしょうか。

 これまでの検討を踏まえれば、結論は明らかでしょう。「日本学術会議が推薦した候補者を、内閣総理大臣は原則として拒否することはできず、任命しなければならない」と解釈するのが妥当ということになります。

 なぜなら、総理が自分の裁量で任命を拒否することができることになると、日本学術会議の会員の構成が総理の意向に左右されることになり、本来、総理の指揮監督を受けてはならないはずの日本学術会議が、総理によって実質的に指揮監督されることになってしまうからです。

 このように考えるなら、日本学術会議法の趣旨から見て、内閣総理大臣は、原則として日本学術会議の推薦した人物の任命を拒否することはできないと解釈するべきでしょう。

 繰り返しになりますが、日本学術会議は内閣総理大臣の意向に従って動く組織ではなく、内閣の所轄ではあっても独立した地位の機関なのですから、内閣総理大臣の意向に反する者であっても、推薦されたら任命されなければならないというべきです。

例外的に任命拒否できる場合はあるか?

 なお、「原則として拒否できない」と書きましたが、例外的に総理が推薦された人の任命を拒否できる場合はあるのでしょうか。

 ここは解釈が分かれるところでしょう。「総理は、推薦された人物については、いかなる例外もなく任命しなければならず、裁量の余地はまったくない」という考え方もありうるでしょう(天皇が国会の指名した人物を内閣総理大臣として任命することを拒絶できないのと同様に考える)。
 この点、現時点の私自身の見解としては、次のように考えています。

 日本学術会議は内閣から独立して、その目的達成のために活動する機関ですから、明らかにその目的に反するような人が推薦者に含まれる場合は、例外的に拒否できる場合を認めても差し支えないのではないでしょうか。

 具体的には、例えば次のようなケースが考えられます。

1 論文盗用など、学問上の業績そのものに欠陥や虚偽があることが判明した場合
2 公職にふさわしくない一定の重大犯罪(殺人、強盗、業務上横領、贈収賄など)を犯したことが判明した場合(通常は刑事訴追されるでしょうが)
3 日本学術会議としての推薦のプロセス自体に不正(買収や脅迫など)があったことが判明した場合

 もちろんこれらは極めて例外的なケースですが、このような事由があることが判明していながら総理が任命してしまったら、それはそれで逆に問題があり、このような場合は総理も任命を拒絶できると考えて差し支えないのではないでしょうか。

 そしてこのような理由で任命を拒絶するにしても、その拒絶理由が正当かどうかの判断材料を社会に与える必要がありますから、総理は拒絶理由についての説明責任を負うことになります。原則に反して例外的なことをするのですから、その理由を説明しなければならないのは、当たり前の話でしょう。

今回の政府の説明の問題点

 加藤官房長官は、本件について質問されて「学術会議は法律上、首相の所轄で、人事を通じて一定の監督権を行使することは法律上可能となっている。」と述べているのですが、これまで説明してきたことからわかるとおり、そもそも日本学術会議は、総理に指揮監督権はなく、内閣から独立して活動するのですから、人事を通じた総理による監督権など存在しないというべきでしょう。

 また加藤長官は「人事に関することなので、コメントは差し控える」とも述べていますが、これは説明責任の放棄です。

 例えば経済産業省や財務省の官僚人事なら、「人事に関することなので、コメントは差し控える」という説明も通用しなくはありません。というのは、経済産業省や財務省は内閣総理大臣の指揮監督下にあり、その官僚人事も政府の裁量で決めることができるからです。

 そして官僚はいわば政府の組織の歯車であり、官僚人事はあくまでも内閣としての政策のために行うことなので、「経済政策のための人事なのだから、経済政策の結果を見て評価してくれ。個々の人物についてどうこう言う必要はない。重要なのは個々の人物ではなく政策の成果だ」などという主張も一応成り立つとはいえるでしょう。

 これに対して日本学術会議は、何度も説明したとおり、内閣の政策を実行する機関ではなく、そもそも総理の指揮監督すら受けないし、むしろ政府に対して勧告すらする機関であって、会員も組織の歯車ではなく、逆に個々人の業績こそが重要なので、「内閣としての政策の結果を見て評価してくれ。個々の人物の問題ではない」などという主張は成り立たないのです。

★【追加】

 以上からすると「それなら、そもそも総理に任命権など与えず、学術会議自身が選んで決めるだけにすれば良いではないか」という意見がありそうですが、これは実際そのとおりで、1983年までは総理の関与がなく、学者の選挙によってえらばれていたのです。第7条は、当初は下記のようになっていました。

(旧)第7条 日本学術会議は、選挙された二百十人の日本学術会議会員(以下会員という。)をもつて、これを組織する。

 1983年の法改正で推薦された人物に対する総理の任命が行われることになり、この点が問題となりました。このときの政府答弁では、内閣総理大臣による任命はあくまで形式的なもので、実質的には左右するものではないとされていました。この過去の政府答弁との食い違いも、今回大きな問題となっています。下記記事参照


 さらに余談ですが、今回の総理による学術会議会員任命の論点を、天皇による内閣総理大臣の任命の規定とパラレルに考える意見も見受けられます。(天皇には、国会が内閣総理大臣として指名した人物を任命拒否する権限はありません。)

 これは類似しているといえば類似性がありますし、イメージがわかりやすい説明でもあるのですが、単純に同列で考えるのも行き過ぎと思います。本記事では立ち入る余裕がありませんが、天皇の持つ権能については、以下の私の著作の第3章をご参照ください。


  


 


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弁護士。著書『13歳からの天皇制』http://www.kamogawa.co.jp/kensaku/syoseki/sa/1076.html 記事についてのご意見等はhorishinb@gmail.com かhttps://twitter.com/ShinHori1 まで