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映画感想 「風の電話」帰る場所を失った人たちの旅

諏訪敦彦監督作品は「2/デュオ」「M/OTHER 」を20年位前に観た。特に「2/デュオ」は即興芝居のヒリヒリしたやり取りが忘れられない作品だった。「2/デュオ」の西島秀俊、「M/OTHER」の 三浦友和、渡辺真起子も参加しているこの作品を観ないという選択肢はなかった。

岩手県大槌町から広島にやってきたハル。冒頭はハルと叔母・広子の朝食ルーティンを固定カメラが映し出す。ハルは話しかけられてもワンテンポ遅れて反応していて素っ気ない様子。そのくせ、出かける時にはある儀式にとてもこだわっていて、何らかの不安が彼女の中に存在していることが見える。

住んでいる場所は、高校へ行くにも船で渡らなければならない。ハルの家族が震災の津波で行方不明になっていることと、交通手段まで水に阻まれている現在のハルが重なる。どうして舞台が広島なのかということは、最初にハルへ手を差し伸べる家族と出会うことでわかってくる。

何もかもを奪った場所で感情を爆発させ、起き上がれなくなったハルを立ち上がらせてくれる人は劇中で2回現れる。その人達だけではなく、ヒッチハイクで出会う沢山の人達との交流があり、終着点の電話に行き着く。

ハル役はモトーラ世理奈しか絶対出来なかっただろう。感情をほとんど表出することなく必要最小限の言葉しか話さないハル。でもその佇まいと目で彼女が背負っている想像を絶する悲しみが伝わる。監督が「映画的存在」と彼女のことを語っていたのがよくわかる。

ハルは自分と同様に帰る場所と大切な人を失った人達と出会う。「ただいま」と言ったら「おかえり」と返してくれる存在を失った人達。そして、これから1人で子供を産み育てるという希望の象徴のような存在にも出会う。見ず知らずのハルに暖かい眼差しをくれる人、同じ悲しみを抱えた人との交流がロードムービーのように進む。この旅はグリーフケアの旅なのだと思う。

登場人物みんなの語る間合いがとても自然で半分ドキュメンタリー的な印象もあった(特にクルド人家族との対話場面)。映し出される景色や登場人物達の静かな悲しみが全編通して伝わってきて涙が只々流れ続けた。自分だけではなく、観客の鼻を啜る音が上映中ずっと聞こえているのも珍しいほど。対話場面は固定カメラで淡々とその場を切りとり、人物の感情の揺れや爆発は手持ちカメラでエモーショナルに映し出していたのも印象的だった。

タイトルは「風の電話」だけど、あくまでもそれは象徴と手段なのだと思う。ハルは電話に救われるのではない。そこに行き着くまでに得た出会いとそれぞれの思いや悲しみを共有することがどれだけ大きいものか。

その人の悲しみはその人にしかわからない、特に災害等で家族や故郷を失う途方のない悲しみは経験した人にしかわからないのだと思う。押し付けがましい親切や言葉なんか何の役にも立たないだろう。だから、ハルに何かを食べさせ、ただ寄り添った人のことを忘れないでいようと思う。

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