見出し画像

映画感想 「ジョジョ・ラビット」 生涯ベスト級に出会う

「生涯ベスト級」という言葉をよく耳にするけれど、私は映画観賞後「うぅ~良かった!今年観た中では5本の指に入るなぁ」など年間レベルで判断することが常だった。でも、この作品は観賞中から「あぁ、これが生涯ベスト級っていうんだな」ということがストンと胸に落ちてきた。

10歳のジョジョと母のロージーは二人暮らし。ジョジョの前にはアドルフがいつも現れる。アドルフはナチスの教えをジョジョに叩き込む空想上の人物。自宅の隠し部屋に匿われていたユダヤ人のエルサとの交流でジョジョは少しずつ真実を学んでいく。

子供達は、まるでボーイスカウトに行くかのようにヒトラーユーゲントの訓練へ行く。ジョジョが10歳である意味はヒトラーユーゲントのことを調べてわかった気がした。ヒトラーユーゲントは10歳から加入なのだ。ここでの訓練に疑問を持たず子供達が過ごしている様子から、これまでの教育が伺える。戦時下ならではの洗脳教育。

アドルフの存在は、全ての子供にあるわけではない。ロージーが語ったように、ジョジョも以前は遊ぶことが大好きな男の子だった。子供はみんな真面目で素直だ。教えられたことや言われたことは素直に脳に刻み込んでいく。歪んだ教育下では教えられることに疑問を持つことも許されない。でも「どこかおかしい」と感じる気持ちがジョジョにあるからこそ、思想をナチス寄りに矯正していくため自身で無意識に作り出した存在がアドルフなのではないか。

ジョジョは手榴弾の訓練で顔と脚に怪我を負う。その顔の傷を「醜い」という大人達。その言葉は歪んだ教育と同じだ。子供に誤った思い込みを作らせてしまう。けれど、よく考えると歪んだ教育や思い込みでいいように動かされているのは大人達だ。自分の命を捧げてでも敵に立ち向かうとか、ある人種を迫害するなんて今を生きる私達はバカげたことだと知っている。

でも、その時代の人々が愚かだったわけではない。その思想を信じて進むしかない状況だったのだ。今の時代だって、いつ思想がひっくり返るかわからない。それだけ教育や洗脳は人間をコントロールする恐ろしいものであり、戦争がいかに無意味かということを、押しつけではなく軽やかにひっそりと物語は語っていく。

「リチャード・ジュエル」でも描かれていたが、固定観念に囚われた差別や思い込みというものは遥か昔からずっと存在している。この作品でもユダヤ人に対する差別と共に、多数派でないことに対する差別が描かれる。冒頭の訓練でウサギの首を折れと命じられても出来ないジョジョを皆がバカにする。また、男性教官が性的少数派であることを一瞬で感じさせる場面があるが、こちらもこの時代に公にすることは命に関わることだ。

世の中は、ある日突然ひっくり返る。私達は何を信じて生きていけばいいのだろう。何かを信じること自体をバカバカしくも感じてしまう。けれど、ひっくり返る以前に少数派だった人達のことを思う。本当は少数派だったのに、多数派としてしか生きていけなかった人のことを思う。歪んだ教育により、自分の命を差し出した人のことを思う。子供の命を守った大人のことを思う。思わずにはいられない。

ロージーとジョジョが自転車で走る場面などの色合いや、ジョジョが小さな背中で現実に立ち向かう表情や姿はとにかく愛らしく美しい。靴紐を結ぶのが苦手なジョジョに対するロージーの関わり方は母として分かり過ぎるし、ロージーのステップから繋がるエピソードには唸るしかない。軽やかで切れが良くセンスの塊の脚本と編集。アドルフ役は監督自身が演じたというんだから驚きしかない。天才ですか。

何よりも、戦争や差別をジョジョの視点で描くことでジョジョの同年代にも響くであろうことが素晴らしいと思う。戦争で戦う兵士に焦点を当て、戦争の無意味さを描くこともとても意味があるが、どの年代でも感情移入して観ることが出来るということでは秀逸な主人公設定だと思う。

私もできることをしたい。リルケの詩も読んでみたい。臆病でいいから生き抜きたい。それぞれの命で、心を揺らして生きることを噛みしめていきたい。この作品が2020年に公開されたことが大きな意味を持ちますように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?