痛い靴
パンプスを買った。踵が5センチある。
人生で初めてのパンプスなので、それはそれは酷い靴擦れをした。右足には一箇所、左足には二箇所。何を思ったか初めて履いた日に浮かれて一万歩歩いてしまったので、右の靴擦れに関しては水ぶくれが破れて外にいるにも関わらず血まで出た。びっくりした。
中敷は既に二枚敷いていたけど、すぐにドラッグストアへ駆け込んでかかと保護シートを貼り付けた。靴の本体価格より装備品の方が高くなったかもしれない。
慣れるものなのかこれ。
個室で足を休ませながら帰り道を想像して憂鬱な気分になった。両手でぐいと引っ張ってみても伸びるような気がしない。いつまでも座っているわけにはいかず、パンプスを履いてみる。やっぱり足が泣いている。痛くて歩くのもゆっくりだ。でも顔には出さない。至って普通の顔をしながら至って普通に駅に向かった。その途中、私は人の足元ばかりを見ていた。私よりずっと高いヒールのついた靴を履いて歩く女性、同じようなパンプスを履いている女性、踵の高いサンダルを履いている女性、重たそうな厚底履を履いている女性。この中に、私みたいに痛い思いをしながら歩いている人はどれくらいいるんだろう。
家に帰るまで注意深く観察していたけど、結局誰もそんな素振りは見せなかった。私も言わなければ靴擦れしているとわからないようだし、そんなもんなのかなと思いながらパンプスを靴箱にしまう。
その人の感じている痛みなんて、他人にはわからないものなのだろう。私が靴擦れの痛みに耐えながら乗っていた電車の中には私より痛い思いをして立っている人がいたかもしれない。あの駅からの帰り道の中に、帰りたくない家に帰らざるを得ない背中があったかもしれない。
痛いって難しいな。すっかりぷよぷよになった踵から滲み出てきた体液をティッシュペーパーで優しく拭き取った。
靴擦れは、一回傷ができた後に滲出液で水ぶくれができ、それが吸収されるとともに下から硬くなった皮膚が再生し、次履くときには痛くなくなる。私の踵もすっかり強くなり、今ではパンプスを履いていてもそこそこの長距離をスタスタ歩ける。硬くなったから痛くない。ただ、一生水ぶくれのままだったら、ずっと痛かったことだろう。
水ぶくれはぷにぷにとした感触が心地よく、ずっと触っていたくなる。いつまでも触っていると治らないのに。かといって、水ぶくれができないように緩い靴ばかり履いていると、靴擦れはしないけど硬い皮膚ができてこない。
なんとなく納得しながら、またパンプスを履いた。
前よりも少し足に合う気がした。
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