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AIが切り開くコミュニケーションの未来

要約
現在、さまざまな領域でAIが活用される一方で「AIは人間の仕事を奪う」とも語られています。
一方、増大していくビッグデータや細分化するメディア、IoT化する生活者の出現により、実際のコミュニケーション開発の現場においては多大なマンパワーが必要になっています。
そこで、AIによってビッグデータと生活者をつなぎ、AIが「人間の相棒として」データドリブンなコミュニケーションをサポートする次世代型のクリエイティブエンジン(=インテリジェンスツール)開発、およびそれを活用したワークデザインを提唱します。
ここでは「AI×人間のクリエイティビティ」により、生活者のリアリティに基づいたアイディア開発やデータに裏付けされたアカウンタビリティのあるクリエイティブ提案を目指します。
こういった人間とAIが協働する新しいワークデザインこそが、コミュニケーションを次のステージに進化させるキードライバーになると考えます。

■AI活用に向けた現状と課題
2016年にGoogleの子会社であるDeepMind社の囲碁AI「AlphaGo」が、韓国のプロ囲碁棋士「李世乭」を破ったニュースがセンセーショナルに世界に広がり、最近ではAIを活用した自動運転自動車が公道を走るなどさまざまな領域でのAIの活用が進み、「AI(人工知能)」という言葉を目にすることが多くなりました。

画像出典:https://gogameguru.com/alphago-shows-true-strength-3rd-victory-lee-sedol/

これまで過去にもAIブームはありましたが、現在はAIの第三次ブームと呼ばれ、この流れは現在も続いています。
これには、長く研究されてきたマシーンラーニング(機械学習)が2010年にディープラーニング(深層学習)によってブレークスルーが起こり飛躍的な発展を遂げたことと、ビッグデータの登場が大きいと言われています。
実際私たちの生活を見てみても、スマートフォンや自動掃除ロボットなど社会のあらゆる場面にAIが組み込まれていく動きが加速しており、今後もさまざまな領域でのAIの活用が期待されています。
しかし、そんな明るい未来が語られる一方で、「AIは人から仕事を奪うもの」と悲観的に言及されているのもまた事実です。
2013年のオックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授の研究によると、今後10~20年で米国の雇用の47%の仕事が機械に取って代わられるとされており、その具体的な数字は世間に衝撃を与えました。
実際に証券取引の世界では、米大手証券会社ゴールドマン・サックスがかつて600人いたトレーダーを2人に削減したと報じられるなど、従来の人間の仕事を奪う事態も起きています。
コミュニケーション業界においても、AIがメディアの取引を行ったりコピーを考えたりすることが実現していく中で、AIがコミュニケーション業界の仕事を奪うと考えられているのも事実です。
しかし、AIは仕事を奪う敵ではなくて仲間であると考えると状況は一変してきます。
AIとタッグを組み、AIの得意領域はAIにまかせて、私たちが持つクリエイティビティと組み合わせることにより新しい付加価値を提供することが可能になっていく。
そんなコミュニケーションの未来がどうしたら来るのか、考えてみたいと思います。

■AIがもたらす社会
今後AIはどのような領域でサービスを提供し、どんな社会になっていくのでしょうか?
現在日本では、高齢化や労働力不足、自然災害などのさまざまな社会課題に対してのソリューションとしてAIに大きな期待がかけられています。
毎日の生活でいえば、例えば日常生活の体調や行動を記録したビッグデータ・AIが将来の体調の変化やリスクを予測して適切なアドバイスをしてくれたり、買い物ではその時の状況やその人の予定に合わせてAIがよりよい意識決定をサポートしてくれて、必要なものの購入も効率よく快適に行えるようになります。自動車にもAIが活用され安全で快適な移動ができるようになり、さらにバーチャルリアリティを活用した体験や自動翻訳によるリアルタイムなコミュニケーションも可能になる。そんな未来が想像されています。
エンターテイメントの分野では、すでにAIがオリジナル音楽を自動生成したり、ニュース記事を書いたりすることが現実となっていて、自分の嗜好や気分に応じて音楽や映像、さまざまな商品などをAIがリコメンドしてくれるのはもはや生活の一部となっています。
製造業においては、これまでの大量生産から多品種少量生産が進展していくことが想定されていますが、ロボットの作業動作を最適化できるAIを開発することにより、効率化だけでなく品質や精度の向上も可能になってきます。
サービス業においても、これまで高度な知識とスキルを持った人々にある暗黙知をAIに移植することにより、セールスや販売などの現場での省力化・省人化が実現されてきます。
また、健康・医療・介護においても、画像処理や機械学習などの最先端のAI技術を用いて、 医師のサポートを行い、診断精度の向上を目指す研究が進んでいます。
さらに、安心・安全で豊かな社会を目指すためにもAI技術が活用されており、工業・医療・防犯などの分野や非常時の安全対策においても、AI技術が不可欠の時代になりつつあ ります。

■コミュニケーション業界におけるAI活用の現状
かたやコミュニケーション業界に目を向けてみると、どういった領域でAIが活用されているのでしょうか。
デジタルメディアの取引においては、日々進化し多様化するプラットフォームやデジタルテクノロジーの進化により、運用型広告におけるプログラマティック取引などでAI活用が進んでいて、オーディエンスターゲティングやRTBでのメディアバイイングや、動的なダイナミッククリエイティブによるバナーやランディングページの作り分けなどもすでに実用化されています。ユーザーコミュニケーションにおいてもAIを活用したチャットボットなどが広く活用されるようになってきており、最近ではAIによるコピーの自動生成やクリエイティブアイディアの開発などクリエイティブ領域においても積極的にAI活用が試されるようになりました。
また、マーケティングオートメーション(MA)の領域においても、AIを使ったマーケティングデータの解析によって集客施策から顧客管理までのマーケティングプロセスの自動化やROIの最大化を目指すソリューションが開発され、さまざまな企業で導入が進んでいます。
その結果、これまで最大公約数的なメッセージを多くの人に届けていた「One to Many型」からそれぞれの生活者の属性やインサイト、行動やその時の気持ちなどに応じてメッセージを出し分ける「Many to Many型」のコミュニケーションが可能になってきました。

■ミッシングリンクをつなぐAI
しかし、私たちが日々直面している実際のコミュニケーション開発の現場においては、インサイトの発見からコンテキスト・カスタマージャーニー策定、クリエイティブ開発、メディアプラニングなどワークプロセスの大部分が人的な作業から生み出されているのが現実だと思います。
さらに、日々メディアは細分化し、生活者がIoTによりデジタル化する中でデータは増大していき、その分析・活用にはさらなる労力が必要となっていきます。
このビッグデータとデジタル化した生活者の間のミッシングリンクをつなぎ、マンパワーに過大に依存している現状を改善していくのがAIではないでしょうか。

ここで活用するAIは、生活者データをベースにしたデータドリブンなマーケティングを推進させるクリエイティブエンジン(=インテリジェンスツール)であり、生活者データとAIを活用したRPA*により、「人間の相棒として」データドリブンなクリエイティブ開発やデジタルトランスフォーメーションを実現し、生活者のリアリティに基づいたアイディア開発やデータに裏付けされたアカウンタビリティのあるクリエイティブ提案を目指します。
*RPA(Robotic Process Automation)=認知技術(ルールエンジン・機械学習・人工知能等)を活用した、主にホワイトカラー業務の効率化・自動化の取組み

■AI×人間のクリエイティビティ
ここで、まずAIには何ができるのかを考えてみたいと思います。
AIは何が得意なのか?それは、「学習」と「評価」です。
ビッグデータ時代においては、ひとつのデータを分析するだけでは新たな知見を得ることは難しく、複数の非構造化データを組み合わせて分析することで、知見を得ようというのがトレンドになってきていますが、この作業を人的に行おうとするととても大変です。
複数の膨大なデータの中から、一見無関係にみえるさまざまな断片的な事象を仕分けて組み合わせる、これこそがAIの真骨頂であり本質です。
ビッグデータ(十分な訓練データ)に基づくパターン認識は、まず「大量に蓄積されてきたビッグデータ」を「AIに学習させる」ことにより「因果推論」を行います。
AIの学習モデルをさらに細分化すると、「学習対象のモデルを定義する」「目的関数を定義する」「目的関数を最適化する」ことでモデルを学習するのですが、この中でも特にどういった「評価関数」を持つかが重要になってきます。

この「評価」の部分に、コミュニケーション業界の持つクリエイティビティが活かせると考えられます。
AIは決して万能という訳ではなく、単なるAIの活用だけであれば、そこで得られる「正解」と他のAIを活用した「正解」との差別化が難しくなります。
その差別化のためには、AIの「論理的・理性的な情報処理」にクリエイターの「直感や感性を活かしたディレクション」を掛け合わせることがひとつの突破口になるのではないでしょうか。
ビッグデータ解析で未知の因果関係を発見するのはAIの領域として、その先のデータから導き出されたアウトプットを評価し新たな付加価値を生み出すことこそが、人間のクリエイティビティが活かせる領域であると思います。

■AIで可能になるソリューション
すでにデジタルメディア取引やクリエイティブの一部の領域でAI活用は実現化していますが、今後は多様なデータに基づくインサイト発見のプロセスにおいても、価値観や行動を元にしたトライブの設定やそれぞれのインサイト策定など、多くの因子の解析にAIが活用できると考えられます。
また、生活者のコンテキストに応じたクリエイティブコンセプトの開発などにもAIを活用することが期待されます。
アクチュアル/ビッグデータ、ライフログデータ、位置情報データ、POSデータ、登録顧客データなどの生活者データから見えてくるのはよりリアルな生活者そのものであり、その生活者に一貫したブランド体験を提供しいかに購買行動に結び付けるかといった次世代のコミュニケーションプラニング全般でAIは活用できるのではないでしょうか。

■AIを使ったワークスタイルとは?
それでは、AIを使うとクリエイティブ開発のワークフローが実際にはどう変わるのでしょうか? AIを活用したワークデザインの一例を見てみましょう。
提案準備スタート、すぐにAIが、該当商品・カテゴリーに関しての基本情報やマスメディアやソーシャルメディアでの言及、ターゲットユーザーの行動、DMP、さらにさまざまなデータを基にしたインサイトや可能性のあるトライブを提示し、アイディアの切り口や、参考事例も提示してくれます。
その例示をベースに、データストラテジストとクリエイターが可能性のあるインサイト・トライブを検証し、カスタマージャーニー・ストーリーを含むコンテキスト・アイディアの方向性を検討・ブラッシュアップします。
また、AIで自動的にパワポ形式の提案資料を作成することも可能です。
この結果、早い段階でアイディア(インサイト・コンテキスト・カスタマージャーニー・ストーリー等)を関係者と共有しつつ、提案の精度をあげていく。
実際のクリエイティブアウトプット(コピー・デザイン・体験デザインなど)開発においてもAIのサポートが期待されます。
そして、キャンペーンの実施時にはダイナミッククリエイティブ生成やパーソナライズした配信などを行い、反応に応じた精度向上・トライブの見直しなども行えるようになる。
さらに、こうした単発のクリエイティブ開発のプロセスは、全社単位でデータが蓄積され、その中でさらに学習が進み提案のスピードと精度が上がっていく。
こんなAIと人間がコラボレーションしていく次世代のワークデザインが考えられるのではないでしょうか。

■AI活用に必要なスキルセット・人材像は?
コミュニケーション業界には、AIに関する高いスキルやナレッジを持った人材がまだまだ足りません。
実際にAI活用に必要なスキルセットとしては、データ、インテリジェンス、画像や音声認識、マシーンラーニング、スマートテック、エデュテイメントといった領域に踏み込み、その中でストーリーやシステム、ナラティブシンキング、インターフェイスを開発していく、そんな人物が求められています。
現実的にはコミュニケーション業界内だけで完結するのは難しく、そういった人材を多く抱えるITテクノロジー業界や大学・研究機関などと「大きなチーム」を組むことがひとつの方向性だと思います。
あわせて、AIとの協働を進めるためには、これまでとは違う新しいクリエイティビティの定義も必要ではないでしょうか。データを駆使しつつAIとも協働する、これまでは違った形のデータドリブンなクリエイティブこそが新しいクリエイティブ領域だと考えられます。また、それは他の職種にもあてはまると思います。
データドリブンなストラテジスト・クリエイティブ・営業など、それぞれの職種の再定義とあわせて、例えばデータストラテジストとクリエイターがセットで動く新しいクリエイティブユニット体制など、クリエイティブ開発プロセスをデジタルトランスフォーメーションすることも、新しいクリエイティビティの発揮には重要な意味を持つと思います。

■AIと広告の未来へ向けて
先述したオックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授も、インタビューの中で「ロボットやコンピューターは芸術などのクリエイティブな作業には向いていません。となれば、人間は機械にできる仕事は機械に任せて、より高次元でクリエイティブなことに集中できるようになるわけです。人間がそうして新しいスキルや知性を磨くようになれば、これまで以上に輝かしい『クリエイティブ・エコノミー』の時代を切り開いていけるのです」と答えているように、そもそも人間とAIでは得意な領域・仕事の質が違うことを認識したうえで、どうやって両者を組み合わせて新しいソリューションを見つけ出せるのかといった所に、次世代のクリエイティビティのヒントがあると思います。
AIには人間が見落としがちな現象・組み合わせを察知する卓越した能力があります。一方、人間にはAIにはない「直感」と「感性」があります。
AIから導き出されたインサイトやコンテキストをベースに直感的なひらめきを活かしたクリエイティブでジャンプする。こういった、人間とAIが協働する新しいワークデザインこそが、コミュニケーションを次のステージに進化させるキードライバーになるのではないでしょうか。
この小文が「AIは敵ではなくて相棒だ」と思っていただけるきっかけになれば幸いです。

引用・参照
清水亮,『はじめての深層学習プログラミング』(技術評論社,2016)
山本一成,『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』(ダイヤモンド社,2017)
ルーク・ドメール,『シンキング・マシン 人工知能の脅威』(エムディエヌコーポレーション,2017)

週刊現代,「オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40925

人工知能研究センター
http://www.airc.aist.go.jp/

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