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杉並区議会議長が「無所属」になった話(1票差で決まった議長選挙)

2023年5月1日、杉並区議会の新たな任期がスタートしました。

男女構成比が逆転した選挙結果に続き、1票差で決まった議長選挙の結果にも注目が集まりました(5月19日)。

同じ会派の2人で議長ポストを争ったかのような結果が出てきたためです。

杉並区議会議長選挙2023結果
1)井口かづ子議員(自民党・無所属杉並区議団)24票
2)浅井くにお議員(自民党・無所属杉並区議団)23票 
3)ほらぐちともこ議員(都政を革新する会)1票

井口かづ子議員が当選人となった結果に対しては、当該所属会派(最大会派)から「会派内で別の議長候補を定めていたため、たいへん驚きました」との見解が示されたほか「クーデター」との声があったことも報道されました。

しかし、近年の議長選挙の結果を確認すれば、今回の結果はそれほど不思議な話ではないことがわかります。

2021年の議長選挙においても、同じ会派の議員間で議長選を争ったかのように票が割れたケースがあるのです。

杉並区議会議長選挙2021結果
1)大和田伸議員(杉並区議会自由民主党)26票
2)井口かづ子議員(杉並区議会自由民主党)12票
3)太田哲二議員(立憲民主党杉並区議団)9票

このような結果は杉並区だけで発生しているわけではありません。今年は江東区議会の議長選挙も同様で、最大会派の議員間で票が割れていました(23票:20票/江東区議会2023年5月23日)。

杉並区議会議長選挙は、全議員が議長候補者となるうえに、無記名投票(秘密投票)で選出されるため、誰が誰に投票したか正確に見極めることはできないのですが、今回の結果が生じた背景を私なりに解説しておきたいと思います。

なお、井口かづ子議員は、杉並区議会史上3人目の女性議長ですが、議長就任はこれで4回目(通算すると5年目)です。男性議長を含めても、その在任期間で「歴代最長」の在任議長となりました。

杉並区議会だよりは年4〜5回コンビニにも配置されます


1)杉並区議会の会派構成をみると

杉並区議会内の会派構成は、当時次のようになっていました。

杉並区議会の会派構成(議員定数48)
・自民党・無所属杉並区議団11
・日本共産党杉並区議団6
・立憲民主党杉並区議団6
・杉並区議会公明党6
・無所属・都民ファーストの会4
・区議会生活者ネットワーク2
・杉並維新の会2
・れいわを耕す2
・安心・安全杉並の会1
・参政党杉並1
・都政を革新する会1
・杉並みらいの会1
・杉並をセンタク致し候1
・緑の党グリーンズジャパン1
・杉並わくわく会議1
・共に生きる杉並1
・無所属(堀部)1

会派結成届出(5月8日)から議長選挙(5月19日)までの状況


2)最大会派といっても全体の2割を占めるに過ぎない(少数会派は全体の3割に)


最大会派といっても、議会全体の約2割の議員数(11人)です。過半数には遠く及びません。

その一方で、少数会派(1人~2人会派)の合計は15人と最大会派を凌ぐ約3割を占めています。

これも女性議員が増えたことと無縁の話ではないかもしれません(少数会派15人のうち男性は5人)。

少数会派の議員は、採決や投票に当たって是々非々で判断することがほとんどであり、もともとがスイングボート(非固定票)です。

むしろ、昔ながらの党議拘束や会派強制を嫌って、あえて無所属・少数会派となる立場を選んでいるともいえるわけです。


3)議会を成立させるには、まず議会の組織体制を確定させる必要があるが…


議会を成立させるには、まず議会の組織体制を確定させる必要があります。

例えば、議長・副議長の選出、議会内に設置する委員会などの決定、各議員が所属する委員会などの決定、議席配置や部屋割りの調整などを進めていく必要があります。

国政で話題になる「派閥」と同様で、所属議員の多い大会派は、一般に大会派であることによって強い交渉力を持つものです。

しかし、今回は無所属・少数会派に所属する議員も増え、その総数は決して少ない数ではありませんでした。


4)議会立ち上げの事前協議は、議員4人以上を有する会派の代表者が集まって協議する(代表者会議)


新たな任期がスタートし、会派形成に目途が立つと、次は議会の組織体制について具体的な話し合いが始まります。

この時点では議長が選出されていませんので、行司役はいません。

そこで、杉並区議会の事務職員(事務局長)は、会派の代表者を招集したうえで、事前協議を進めることになっています。

議長が選出され、正式な議会運営委員会が立ち上がるまでの間、事務局長が「座長」となって所属議員4人以上を有する会派を代表する議員を集め、話し合いを進めていくわけです(代表者会議)。

この代表者会議は、議長などを選出するまでの間、臨時的に設置される「事前協議の場」です。

最終的な決定権を有しない会議体ですが、初回の本会議はここでの協議・調整を経て開催されることになっています。


5)代表者会議の決定案に納得しない議員が続出


ここでのポイントは、議員4人以上を有する会派(いわゆる交渉会派)の代表者だけで事前協議を進めていく点です。

これは政党などがリードする大会派に所属する議員が大半を占めていた時代に形成された慣例がもとになっています。

ところが、今回は少数会派が議会の約3割(15人)を占め、その数は最大会派の議員数(11人)を上回るような状況になっていました。

代表者会議で合意された内容は、大会派に極めて都合のよい案が多く、少数会派からは、さまざま不満や疑問の声が出されていました。

例えば、①「お仕置き部屋」と呼ばれる部屋(もともとは更衣室)を恒久的な議員控室としてわざわざ少数会派に割り当ててくる、②着席する議席位置範囲を一方的に指示してくる、③所属を希望する審議会等を事前に全く聞いてもらえない(一方的に不人気ポストを大量に回してくる)といった出来事が立て続いたのです。

大会派が集まって決めた方針や内容を一方的に押し付け、従わせようとする意思形成過程に少なくない議員が疑問を持つようになっていきました。

平素は鷹揚で温厚な木梨もりよし議員(副議長経験を持つ最多当選議員)が、いつになく激しい憤りをみせていたのが強く印象に残っています。

駅の広報ボックス


6)議長選挙前に最大会派から「議長候補」が示されてはくるけれど


日本の国会は、議会政治を生み出したイギリスの影響を受けているためか、議長は第一党から、副議長は第二党から選出されることが通例となっています。

地方議会においても、人口規模の大きな自治体/議員定数の多い自治体においては、議会運営の安定性などが考慮され、同様の傾向にあります。

このため、杉並区議会においても、議長選挙を実施するに当たっては、誰を議長にするか、最大会派が「議長候補」を通知してくる慣例があります(事実上の立候補)。

通常は、この「議長候補」に投票する議員が過半を占めます。

代表者会議や議運理事会などでの話し合いによって、議会運営上の調整が図られていることが影響しているのでしょう。

一方で、それに疑問を感じる議員が多いケースでは、得票率が半数を下回ったり、無効票が大量に出現したりしています。無記名投票なので、事前の票読みどおりに得票されるとは限らないわけです。

最大会派から提示されてくる「議長候補」といっても、その選定理由や基準は必ずしも明らかでなく(例えば、会派の幹事長や議運委員長としての経験が基準なのかと思えばそうとも限らないなど)、いったいどのような理由で「議長候補」と決まったのか、全くわからないことが多いのです。

おそらく「適材適所が求められる人事ついては方程式で答えが出るようなものではない」ということだろうとは思いますが、無所属の立場からみると「なぜ、毎年のように議長を交代させているのか」「なぜ、この人が今回の議長候補なのか」など、そもそも論から疑問が尽きない場合も多いのです。

ちなみに、常に最大会派から議長が出ていたわけでもありません(例えば、公明党議員の議長就任が平成時代に2回あります)。


7)最大会派の議員間で票が割れたケースは過去にもある(議長選挙は無記名投票)


議長選挙は「無記名投票」ですので、最大会派が議長候補を示してきても、個々の議員がこれに従うとは限りません。

各議員は、この候補者名を確認したうえで投票していますが、折々の局面を踏まえ、相応しいと考える議員が別にいれば、その方に投票するものです。

今回のように強引な議会運営に納得できない議員が少なくないケースでは、そのような意向を持つ議員が増えるのも当然でしょう。

このような政治状況を受け、無所属・少数会派の議員の間で、事態打開のため、今回は経験豊富な井口かづ子議員に投票しようではないかとの機運が高まっていったのです。

井口かづ子議員は議長経験が豊富で、議長当時の議会運営も課題はありながらも安定し、相対的に信頼のおけるものがありました。

最大会派の所属であったことから特段イレギュラーな選出にも該当せず、党派を超えて多くの議員が合意できる人事案との見立てもありました。

実際に2021年に同様の機運が盛り上がった際も予想外の得票をみせていたのです。

杉並区議会議長選挙2021結果
1)大和田伸議員(杉並区議会自由民主党)26票
2)井口かづ子議員(杉並区議会自由民主党)12票
3)太田哲二議員(立憲民主党杉並区議団)9票

2019年に議長に就任した井口かづ子議員は、一身上の都合を理由に(任期途中で)2021年議長の職を辞することとなったのですが、これを疑問に感じた議員が再び同じ井口かづ子議員に投票したのです。

辞任したばかりの前任議長に再び12票もの票が入ったのは、率直に言って驚きでした。

議長に適任と判断していた議員が少なくなかった事実がこれでよくわかったのです。


8)無所属・少数会派の議員は自由に投票するため、予測不可能


無所属・少数会派は、もともと自由な立場ですので、個々の判断で自由に投票します。

今回はその数が15人(議会全体の3割)を占めていました。

その全員が井口かづ子議員を適任者と考えていたとまでは思いませんが、それぞれ思い思いに井口かづ子議員が議長として適任である旨、親しい議員に話を持ちかけていったようです。

私自身は誰かに話を持ち掛けて説得するようなことはありませんでしたが、井口かづ子議員が議長として適任と考えている旨は公言していましたし、今回も投票すると事前に一部の無所属議員に話をしていました。

無記名投票ですので、実際に誰が誰に投票したか正確にはわかりませんが、このような過程を通して井口かづ子議員に多くの票が入ることになったのだと受け止めています。


9)少数会派経験のない会派代表者が増えたためなのか、この間の議会運営は「ゴリ押し感」が目に付いた


杉並区議会は、他の地方議会に比べると、少数派の立場を尊重した議会運営に心がける伝統がありました。

これは人口57万規模の都市においては珍しいことです。

無所属でも毎期のように本会議一般質問に登壇できるなどは昔から当たり前で、年間持ち時間制限の設定もありません。

審議の都合から個々に時間を定める場合でも、あくまで目安としての運用であったり、単に片道のみを計測するものであったり(答弁時間を時間計測に含めない)など緩やかな設定となっています。

これは先人のご努力のおかげで維持されてきた伝統です。

時に厳しい時間制限を要求する動きが一部から出ることもありましたが、それらのほとんどは実現することがありませんでした。

このことは、過去の議長その他の要職者の中に、議会内でマイノリティの立場を相応に経験した議員が入っていたことと無縁の話ではないと感じています。

例えば、杉並区議会では、2人会派となった経験のある議員(故人)が後に議長に3回就任したり、1人会派となった経験のある議員(故人)が後に議長に就任したりしています。

これは国会では考えられないことだろうと思います。

このような経験を持つ議長は、多数決原理だけでなく、少数意見の尊重が議会制民主主義の核心であることをそれなりに心得ていたものです。

しかし、議会運営に精通した議員が相次いで引退又は落選したためなのか、あるいはマイノリティとなった経験のあまりない議員が幅を利かせるようになったためなのか、どうにもよくわかりませんが、今回はとりわけ「ゴリ押し感」が目に付きました。

ゴリ押し感の強い議会運営があれば、その流れの中から推されてくる議長候補に投票する気は失せてしまい、自ずと他の候補に投票したいと考えるようになるものです。

今回の結果は、ゴリ押し感の強い議会運営(少数意見の尊重なき議会運営)の影響で、最大会派の定めた議長候補には投票しないという最終判断を行った議員が続出した結果とみるべきものです。

議長選挙は「無記名投票」で行われますので、何らかの拘束を働かせようとしても、拘束のしようがありません。現実に選び得る議長候補の中から、より相応しい適任者に投票したいと考えるのは自然なことです。


10)議長は「無所属」になった


5月19日、議長に就任した井口かづ子議員は、その後、無所属となりました(自民党・無所属杉並区議団を5月22日付で離脱されています)。

国会では、議長に就任すると、その方は「無所属」になります。

「議長になる」ということは「議会全体の代表者になる」ということです。杉並区議会でもその理想が実現したことは喜ばしく、歓迎しています。

聞くところによると、今回は最大会派で定めた議長候補が議長に選出されなかったため、一部から井口かづ子議員に議長就任を辞退するよう要求があったとのことです。

しかし、議長は中立性が求められる公職であり、特定党派の意向で職務が左右されてはならないポジションです。

特定党派の内部事情から途中で辞めさせるなどもってのほかで、相当の理由がなければ、法定された任期4年を勤め上げるのが筋というものです。

この機会に、議長1年交代「たらい回し」などの悪習も断ち切って、本来あるべき姿に戻していってほしいと願っています(地方自治法103条2項)。


11)同調圧力で押し切る議会運営は通用しない時代に


今回の議長選挙は、2021年の議長選挙と同様に、同じ会派の議員2人で争ったかような開票結果が出たため、注目を集めました。

特に今回は、最大会派内で定めていたとされる議長候補が「落選」となったことから混乱も生じました。

なるほど、最大会派がその結果を受け入れられないのはわからない話でもありません。

しかし、議長は「議会全体の代表者」です。議員全員の投票によって選出されており、特定会派の意向でその地位が左右されるのは不適切です。

最大会派(11人)よりも、少数会派の総数(15人)の方が議員数が多くなった以上、議会運営における予測可能性は低くなっています。これからは予定調和で物事が決まらないことも増えてくるでしょう。

同調圧力で押し切るような議会運営はもう通用しない時代になりました。一人会派など少数会派の賛否を拘束することは、そもそも不可能です。

別の言い方をすると、ゴリ押し感の強い議会運営はもう通用しなくなり、必然的に熟議が求められる時代になった、ということです。

今回の教訓が今後に生かされることを期待していますし、風通しのよい議会運営を実現することができるよう私もいっそう努力していきたいと思っています。

引き続き課題に取り組むことができるのは、みなさんのお力添えのおかげです。いつもありがとうございます。


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