法螺貝談義(第44話)
「弘法筆を選ばず」という言葉がありますが、
遍照発揮性霊集には「能書は必ず好筆を用う」という弘法大師・空海の本人の言葉があります。
ということは弘法大師は「良い筆を選ぶ」という事を大事にしていたということです。
どんな法螺貝でも貫通さえしていれば音は出ますが、やはり音の伸びや響きは良いものを使いたいです。
理由は、聴く人はもちろんですが、先ずは吹いている本人が気持ちよく吹けることのほうが大事。
ある程度吹けるようになりますと、どんどん探究心と理想が高くなっていきハマっていきます。
法螺貝をたくさん持っている方でも、選んだお気に入りが大体一つ決まっていると思います。
「弘法筆を選ばず」という言葉は「一流の人は筆を選ばずとも良い書が書ける」という意味合いで、後世になって誰かが作った言葉です。
実際には弘法大師は書体によっても筆を使い分けていました。
一流の書家ほど筆にこだわり、一流の仏師(仏像を彫る人)はホームセンターに売っているノミは使いません。
あのイチローもバットにはかなりこだわっていたそうです。
法螺貝での良し悪しの基準は人によって様々ですが、
作り手は、先ずは自分自身の〈感覚〉にとっての良し悪しで判断し、自分なりの良い法螺貝を探求して作っていくことかと思います。
人間の音を受け取る感覚は我々がアタマで思っている以上にかなり優れているので、自分の感覚が良いと感じているということは、大概は他の人もそう感じるということです。
法螺貝はやはり、ある程度は良いチューニングの法螺貝を使いたいものです。
ただ「弘法筆を選ばず」という言葉も一理はあります。
慣れてきますと、誰しもどんな法螺貝でもその貝が持つポテンシャルを最大限に引き出す実力もそなわってきますので。
YouTube「立螺」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?