「流しの図書館員」ネットワーク
ほんの少し前まで、何年間か「非正規図書館員の現場主任」なる仕事をやっていました。
ひらがなが「の」しかなくて何だかいかめしい感じもしますが(笑)、公共図書館の業務受託会社に雇われて現場で働いている数十人のスタッフの、管理とは名ばかりの「お世話」をする仕事です。
一応現場のトップなわけですが、私自身は「下働き」と思っていました。シフト作ったり、相談に乗ったり、会社と自治体の橋渡しをしたり。もちろん、並行して自分も窓口に立ちます。
ちなみに、私はそのために雇われたわけではなくて、元々その図書館で同僚たちと何年も一緒に働いていて、諸事情で抜擢されたんです。
さて非正規図書館員が多い今の公共図書館業界というのは、働き手の出入りがものすごく激しいんです。そして、その「出入り」の際には当然雇用する側は即戦力「図書館で働いた経験がある人」を採用したいわけです。
で、実際に経験がある人も入ってきます。
私は、管理の仕事の足しに少しでもなればと思い、そういう「他の図書館のことを実際に働き手として知っている人」に質問するのが好きでした。
「○○さんは、◇◇で働いていたんでしょ? ここのこれについては、どういう風にやってました?」という感じで。
そうやって訊いたことをダイレクトに活かせるパターンもあるし、そういう考え方があるんだ!と発想のヒントになったり。
図書館って、本当にひとつひとつ違うんですよ。それは利用者にとっての使いやすさとかだけじゃなくて、働く側にとってもそうなんです。
図書館業務の民間委託が進むこのご時世、例えば同じ自治体の中の複数の図書館の全てが、それぞれ違う機関や企業が関わっているなんてこともあります。最寄りはA社が指定管理だけど、歩いて25分の隣の館は管理は市で窓口はB社に委託とか、普通なんですよ。なので、館によって環境が全然違うんです。
ということは、他の図書館での就労経験があっても即戦力になるのはなかなか難しい、ということでもあるんですけど、そこはまあ、つっこまないでください(笑)。
さて図書館員の非正規化の推進で何が問題かと言うと、給料が安かったりそもそもの契約のデフォルトの条件があったりで、人材の流動が激しいため、職場の平均レベルをあげたり、業務を熟知したベテランを育てたりすることが困難だということです。
でも、図書館で働くこと自体はそれなりに好きだし、キャリアも活かしたいので、そういう人たちは別の図書館に再就職(と言ってもこれもほとんどが非正規の形ですが)することになります。
図書館員が、図書館から図書館へと渡り歩いて生きて行く。私はこれを、
「流しの図書館員」
と呼んでいます。「私は」と書きましたが、そう言っている人は他にもたくさんいます。まあ、要するに図書館業界あるあるなんですよ。
こうした流しさんたちが増えることについて「人材流出、いかん!いかん!」と危惧される方は多い。私も、そうは思います。
でも同時に「他の図書館のことを知っている人がうちの館に何人かいる」状態って、けっこうワクワクするし、ちゃんとその情報を活かすことが出来るなら、その職場にとって確実にプラスになるはずなんですね。
ちょっと考えてみてください。同じ業種の、違う会社にいた人がわんさかいるって、図書館以外の業界ではそんなに多くないと思うんですよね。
あともう一つ。SNSや掲示板のような表立った「プラットフォーム」じゃなくても、そういう流しの図書館員さんたちが次々と新しい職場でつながっていくことで、私的な情報網と言うか、裏のネットワークがじわじわ作られていくと思っているんです。
ある状況の「悪い面ばかり」を考えるのが好きじゃなくて。で、この流しの図書館員の私的ネットワークが広がるのは、明らかに図書館非正規化の中で「良いこと」だと思います。
私の元同僚でも、新しい図書館に行った人たちがいますし、他の図書館からうちに来たという人もいました。
かなり売れているという洋泉社MOOK『図書館へ行こう!』にも執筆させてもらったように、辞めた今でも私は時々図書館について書いています。私自身は一館だけ、たかだか8年と数ヵ月に数年間の主任業の経験しかありませんが、他の図書館について知っている元・同僚たちとの個人的なネットワークがありますから、彼女らに話を聴いて勉強させてもらえます。
もし、図書館の世界が今みたいに非正規化が活発じゃなくて、終身雇用的な環境だったら、そもそも図書館員になる人の絶対数が少ないですし、こんなに複数の館での就労経験がある人も多くないはずです。
上で書いたように、そういう世界にはそういう世界の良さがあっただろうし、その人たちなりのつながりを作るプラットフォームが生まれたのでしょう。
そして、今この現実では、流しの図書館員さんたちを中心にした、私的な情報交換ネットワークというのが形成されているのです。私の友人の大学図書館員の同僚や元・同僚も「流し」ですし、その友人自身も複数の館の経験を経て、今は正規になっています。そして、いろんな館に散らばった元・同僚さんたちと旺盛に情報交換しています。
そういうことが出来るのは、少なくとも良いことではないでしょうか?
さて、本題はここで終わりです。
巷で「非正規図書館員が増え、うんたらかんたら」と悪いことばかりみたいに言われていることに、ほんの少しだけ違和感があるので「こんな良いこともあるよ」ということを書いてみました。
で、最後に元「中の人」としてひとつだけ読者のみなさんにお伝えしたいことがあるんです。でもここから先は「悪いこと」と言うか、まあ末端のグチみたいなものなので、そういうのは読みたくないという方はここでどうぞ終わりにしてください。ありがとうございました。
では。
前半で書いたような「流しの図書館員ネットワーク」があって、個人レベルでいろんな館の情報を得られる環境があるのに、どうしてそれが活かされないことが多いのでしょうか? 流しの図書館員の人たちがダメダメなんでしょうか? 活かす意欲がないからでしょうか?
まあ賃金が低いと頑張ろうと思わなくなる
という状況も確かにありますが、なぜそのネットワークが活かされないのかという問いに対する答えは実はたった一つです。たぶん全国の、特に仕事の範囲を限定されているような現場の図書館員さんたちが大きくうなずくだろう本音中の本音を書いちゃいますね。
図書館業務についてちゃんと理解できない人がなぜか上に就く
というセオリーがあるのです。よくあるパターンが「館長は元・校長先生」とかです(笑)。図書館も教育機関だから教育の分野で名を成した人が良いだろうとひとくくりにされちゃってるんですね。確かに図書館は教育機関「でも」ありますよ。じゃあ「元・図書館長が校長先生に」なるのか?
ネット記事とかニュースとかで時々報道される巷の図書館の様々なダメダメっぷりに憤慨された方も多いでしょう。そして「ちゃんとした人材を雇わないからちゃんとした図書館になんないんだ」とか「現場の奴らもレベル低いんだろうな」と思ったでしょう。違うんです。現場におけるちゃんとした図書館員の率はみなさんの想像するよりはるかに高いんです。
ここまで書いて来たように、流しの人も少なからずいるので、ある意味より良い図書館運営のための情報を集めるネットワーク自体はあるわけです。そして、彼ら彼女らは叩き上げのベテランとはまた違う意味で経験豊富です。でも、自治体だったり受託企業だったりがそれをちゃんと吸い上げて活用する体制を作れない。
どんなひどい図書館でも、現場では図書館員たちは非正規、正規にかかわらずいろいろ上に提案しまくっているんですよ。当たり前じゃないですか、その方がいい効果があるし、その分働きやすくなるんですから。ダメな図書館は、どうしても構成員みんながクズみたいに思われますが、たぶんそういうところは上層部がダメなだけです。
だから「金がないからまともな司書を雇えない」のではなくて「(低賃金だけれども)まともな図書館員を雇っているのに、その能力が活かせない」という方がより事実に近いと思います。
「その自治体の図書館が劇的に良くなるのは、図書館に理解が深い首長に代わった時」というのは、そうした現実を象徴していると思います。
そういうリアルを知っているので、何か図書館で不祥事が起こるたびに「そこではまともな司書が雇えていないから」という意見がネットを飛び交うとすごく微妙な気持ちになるのです。
「上が悪い」ってなんか、よくある組織批判になっちゃってごめんなさい。
でも、非正規図書館員ってけっこう仕事できるんですよ。非正規だから、司書資格持ってないから流しにならざるを得なかった人とか、経験も知識もすごいわけですよ。仕事できないから非正規なんだろうってそんなシンプルで甘い話じゃないんです。そういう人たちは、注目を浴びて、そして叩かれたりしている民間委託図書館にもちゃんといて、ちゃんと上に意見しまくっています。
でも、現場が言っていることが、果たして図書館運営にとって妥当なのかどうか、良いのか悪いのかを判断する基準さえ持たないような人が上に就いていることがなぜか多いのです、図書館は。だから現場では思っているんですよ、「何で図書館のプロフェッショナルを公募してトップに据えてくれないんだろう?」って。
それだけはわかっていただきたいのです。
個人的には、ここで書いている「流しの図書館員ネットワーク」の恩恵を私的ではない形でうまく図書館界にフィードバックできるプラットフォームが作れないかなと現役の頃からずっと考えているのですが、まだいい案が浮かびませんねえ。
流しの図書館員さんたちの集合知、ものすごいものだと思いますので。
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