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「いじめに打ち勝つ : 1」

妻の携帯に着信があった。

息子からだ。22:00を過ぎている。
どうしたんだろう?

話を聞いている。「父と替わるね。」
「どうした? 何かあったのか。」

「もう我慢できない。」

直属の上司から毎日のように陰湿ないじめにあっていることが分かった。
息子は係長、その上司は課長だった。
昨年の4月に本社に転勤、情報部門は初めての経験だった。

「久しぶりの本社だけど頑張るよ」嬉しそうに話していた。
それから8ヶ月、笑顔が消えていた。

息子は子供の頃、おとなしく、いつも自分の部屋で絵を描いていた。
友達もそんなに多くない、親友は2人ほどだった。

子供の頃から、時折いじめにあっていた。
私からみても、いじめられやすいタイプだった。

こんなことがあった。
息子が中学に入学すると、剣道部に入った。
姉が中学3年で剣道部に在籍していたからだ。
私も剣道部に時々教えに行っていたこともあった。

中学2年の先輩にいじめられていた。ずっと黙っていた。
頬に傷をつけて帰ってきた。

姉が「どうしたんね! 誰にやられたんね!」
姉は、いじめた先輩の家に駆けこんだ。
「弟に怪我をさせたのは、お前か!」
1発殴っていた。
姉は中学で誰もが知る、気の強い子だった。

息子は後ろで黙って立ちすくんでいたそうだ。

息子が高校生の頃だった。妻が部屋の掃除をしていた時に
壁のポスターを落としてしまった。

壁にこぶし大の穴があいていた

私が、息子に「なんで壁に穴を開けるんだ!」
「いいじゃないか!」

「いいで済むか!」

突然、息子が私に殴り掛かってきた。
一撃をかわし、息子と組んだ時に、私より強いと感じた。
やられる と思った。
この場は何とか収まった。

いつの間にこんなに逞しくなっていたのか。
ストレスが溜まって思わずやってしまったのだろう。

こんな一面があったんだ。
それ以降、そんな姿を見たことはなかった。見せることもなかった。

息子は卒業後、大手といわれる会社に入った。
家族全員で「良かった!」「本当によかったね!」と安堵したものだった。

勤務歴も技術研究部門、本社の事務職として働いていた。

・いじめの始まり(係長からのいじめ)


8年前になるか、本社勤務でいじめにあった。
社会に出てからの初めてのいじめ体験だった。
息子は当時主任で、直属の係長からいじめを受けた。

総務全般、出張旅費、経費の精算を主に担当していた。
時期的にも大きく左右されるが、
3月、4月になると異動の時期と重なり、それは忙しく土日出勤し
深夜まで処理していたという。

係長は4歳年上で息子とは年齢が近かった。
当初は先輩後輩の関係のように、話がしやすい人と話の時折に、
登場する人だった。

総務、旅費精算班は、係長、息子、女子社員の3名で仕事をしていた。
当初は、3名で割り振って対応していたようだったが、
係長が、他に仕事が出来たからといって、自分の仕事を押し付けるようになった。

数週間後、部下の女子社員の仕事も「お前がやれ」とすべての仕事を
させられるようになった。
黙ってしていたようだ。

二人は、週休2日で残業もすることなく、過ごしていたようだ。

数ヶ月後、突然会社から連絡が入った。
「息子さんが出勤して来ません。」
「携帯に連絡をするのですが、応答がありません。」
「独身寮にもいません。」

直属の上司の課長代理さんからだった。
「いつからですか!」 「今日初めてです。」
「心配になったので連絡しました。ご心配をお掛けします。」

失踪か?  自殺か? と頭をよぎった。
悪い方へどんどん想像が膨らんでいく。

直ぐに妻と共に飛行機で向かった。

独身寮に着くと、課長代理さんと息子が部屋で待っていた。
私たち夫婦が到着する前に、戻ってきたとのことだった。

良かった。息子の無事な姿を見て安心した。

「どうしたんだ!」息子は「ごめん」といい、泣き崩れた。

息子の生気はなく、見た目にもぼろぼろになっていた。
私、妻、息子、一緒に泣いた。課長代理さんも泣いた。

話の経緯を聞いた。
一人ですべてをするようになってからは、休むことなく深夜まで仕事をして来た。
疲れから、体調も悪くなり、係長に一日休みたいと連絡したところ、
「ズル休みか。出てこい。」いわれた。
今日はとても、出勤出来る状態ではないと思い、そのまま出勤しなかった。

携帯に係長からの着信と留守電が溜まって行った。
30回ほどあり、
「出てこい。出てこい。出てこい。出てこい。出てこい。」
「出てこい。出てこい。出てこい。出てこい。出てこい。」
と留守電に入っていた。

このままでは済まさない!

翌日、当事者の二人と本社で面談させて頂くことに、
課長さんのご了解を得た。

総務の部屋で待っていた係長、女子社員は笑顔で出迎えた。

「遠くからお疲れ様です。」
悪びれることもなく、私と妻に笑顔で出迎えた。

「笑ってるんじゃない!口を閉めろ!」
「どんな気持ちで親がこんな遠くまで来たと思ってるんだ!」
「よくも息子をぼろぼろにしてくれたな!」
二人の笑顔は消えていた。

「具合が悪く休みたいといっている人間の携帯に、よくも何十回も出てこいと入れてくれたな!」

「私は入れてません。覚えがありません。」
平気でしらを切る。

「携帯を持ってこい!」着信と留守電を流した。
「すみませんでした。」こぼれるような謝罪の言葉だった。

それから出てくるのは、言い訳ばかりだった。
情けない!本当に情けない!と思った。

本社を出て、少し街を歩いた。息子の目から涙がこぼれた。
私も妻も、涙を流した。

「お父さん、お母さん遠いところ、ありがとう。」
「本当にありがとう。」

「いいか。俺たちは家族なんだ。お前の痛みは、俺たち家族の痛みだ」
「ねえちゃんも心配してたぞ。」
「どんなことでも、これからは話すんだ。いいか。」

「分かった。でも今から会社に戻るのは気まづいよ。」

「ちょっと声を張り上げすぎたからな。ごめんな。」

「いいよ。ありがとう。気を付けて帰ってください。」
と言って、ぽつぽつと会社に戻って行った。

妻と二人で息子の後姿に「がんばれ。がんばれ。」と祈りを送った。

その後、係長と女子社員は会社からの聴取を受け、懲戒処分を受けた。
息子も程なく地方の拠点に異動となった。

「いじめに打ち勝つ: 2 」に続く









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