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近くて遠かった野田秀樹〜ようやく観られたNODA MAP「Q」(その2)

(承前)

前回書いた通り、「Q: A Night at the Kabuki」のベースは「ロミオとジュリエット」である。野田秀樹は、このイタリアのヴェローナを舞台とした、モンタギュー家(ロミオ側)とキャピュレット家(ジュリエット)の対立を、日本の平安時代、平家と源氏の争いに置き換える。

配役はこうである。平家方は、平清盛に竹中直人、平の瑯壬生(ろうみお)に志尊淳、“それからの瑯壬生“に上川隆也。源氏は、源の愁里愛(じゅりえ)に広瀬すず、“それからの愁里愛“に松たか子

野田秀樹は、源氏方の乳母として登場。複数役をこなす、橋本さとし、小松和重、伊勢佳世(巴御前がなかなかの存在感)、羽野晶紀といったキャストが舞台を作る。

構造的に面白く、芝居に厚みをもたらす効果を出しているのが、ロミオ(面倒なのでこう表記する)とジュリエットを、それぞれ二人の役者が演じる点である。

芝居の前半で、松たか子が広瀬すずを“予告編“のジュリエット、自身を“本編“と表現していた。シェークスピアの「ロミオとジュリエット」で悲劇的な結末を迎えたのが、松と上川達也で、それを受け継いだのが、広瀬と志尊、そして再度、松と上川にバトンが渡る。

彼らは同時に舞台に登場することによって、自分の分身の行動を見つめつつ、それが自身の動きに吸収される。フィクショナルな設定だが、現実感がある。

舞台の前半は、2人のロミオとジュリエットを中心に、源平両サイドが入り混じり、“予告編“のロミオとジュリエットの悲劇が描かれる。セリフの中には、シェークスピアのテキストが時折顔を出す。“A Night at the Kabuki“と称するだけあり、“かぶく“舞台であり、エンターテイメントとしても楽しめる舞台が展開される。

物語は、一定の結末を迎え、前半が終了する。

休憩をはさみ突入した後半。これがとにかく濃い内容である。源平の戦いは、源氏の勝利に終わるのだが、この争いに人々は翻弄される。その代表格が、二人のロミオと二人のジュリエットなのだが、彼らを核として、舞台からは多くのことが発信されているように感じる。楽しいこと、悲しいこと、現代社会の課題、さらには、要人の暗殺ということまで想起された。

“予告編“のドラマを踏まえながら、“本編“では普遍的なものに昇華させる。見事である。

観劇後、松岡和子訳の「ロミオとジュリエット」(ちくま文庫)のページをめくったのだが、中野春夫が解説で、シェークスピアの執筆当時のことを書いている。シェークスピアは、ヨーク家とランカスター家が、王位継承権をめぐって争ったバラ戦争を題材に歴史劇を書いている。こうした現実を踏まえて、2つの家の<不和の原因が全く語られない>、<流血と暴力はより不条理で狂騒的なもの>となっているロミオ物語を書いた。これによって、物語は普遍性を持つとともに、後世の人間に想像力をかきたたせた。その、一つの結晶が「Q」である。

なお、この「解説」によると、シェークスピアが「ロミオ」を書いたと思われる1590年代半ばは、1592−1594年のペストの大流行の後である。私は「Q」を観ながら、コロナ禍と源平合戦を重ね合わせても考えた。シェークスピアもモンタギュー家とキャピュレット家の対立と、ペストによる社会分断を関連づけていたのではなかろうか。想像のしすぎだろうか。

とにかく、この骨格を作ったシェークスピアは偉い。そして、それを基に世界を膨らませた野田秀樹も凄い!

クィーンの音楽だが、アルバム「オペラ座の夜」は、以前の記事でも書いた通り、“Bohemian Rhapsody“のようなドラマチックな曲と、“Seaside Rendezbous“(広瀬すずのクラシックな水着姿が可愛い!)のような軽い曲がバランス良くミックスされた作品である。

「Q」では、これを効果的に演出に使っている。もちろん、“Bohemian Rhapsody“は重要なシーンで流れる。ただし、芝居の中で一番重要な楽曲はやはり“Love of My Life“である。映画「ボヘミアン・ラプソディ」でも感動をもたらしたこの名曲は、アルバム・バージョンと共に、ライブでの観衆の合唱も使われている。

素晴らしい舞台を、カーテン・コール、スタンディング・オベーションで客席はたたえた。8月18日、東京芸術劇場プレイハウス、野田秀樹に少し近づけた気がする

なお、「Q」は9月にロンドンで上演される。場所は、Sadler's Wells、300年以上続く由緒正しい劇場である。野田秀樹は演劇の勉強のため、イギリスに留学しており、クィーンの音楽を引っ提げての上演は、まさしく凱旋公演である。チケットの売れ行きも上々のようである。

帰国後に大阪、さらに台湾公演。コロナ禍で苦労しながらの上演だろうが、無事の大団円を祈る


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