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遂に出た完全版〜光瀬龍/萩尾望都「百億の昼と千億の夜」(その2)

(承前)

光瀬龍原作、萩尾望都が描いた「百億の昼と千億の夜」(以下、「百億千億」)。高校時代に読んだ際、原作の小説も読んだ気がするが、今や活字版をひもとこうという気力はない。

ただし、今回は高校時代に比べると、マンガ版を丁寧に読んだと思う。

物語は、序章“天地創造“から始まる。生命の誕生である。<神よ〜あなたは何をお待ちなのでしょう〜この先これからに何をお望みなのでしょう、神よ?>、<移りゆく昼と夜ー幾千億の変転する宇宙に>。

第1章は“アトランティス幻想“。哲学者プラトンが登場し、アトランティスの物語へと転じる。アトランティスは彼の作品の中に登場する伝説の島。プラトンはアトランティスの子孫が住むという村を訪ね、そこで“宗主“からこう告げられる。<今より過去の旅へあなたをいざなう だが未来へは一人で行けそこで戦士をさがせ>。

プラトンは、アトランティスの司政官オリオナエとなり、ポセイドン神の支配による繁栄と、その未来を体験する。

そして第2章では、釈迦国の王子、シッタータが登場する。「百億千億」は、宇宙とは、神の存在とは、宗教とは、こうした壮大なテーマに切り込んでいく。

“丁寧に読んだ“とは、登場する仏教の世界について、多少調べながら進んだということ。例えば、出家したシッタータは、梵天(ブラフマー)に会いにいく。精選版日本語大辞典によると、<インドの古代宗教で、世界の創造主として尊崇された神>である。そして兜率天<とそつてん:六欲天の第4位〜現在は弥勒菩薩が住むとされる「広辞苑」>を目指す。

物語のもう一人の主人公は阿修羅王である。阿修羅は、<もと、インド神話の悪神で、仏教ではとくに帝釈天の敵対者とされる「日本語大辞典」>。帝釈天は、梵天と並び称される仏教の守護神である。

「百億千億」は、阿修羅王を中心とし、シッタータやプラトン/オリオナエらが戦士として、“神“に対し戦いを挑む壮大なSFドラマである。

神はなぜアトランティスを滅ぼしたのか?
最後の審判とは何なのか?
釈迦入滅後、56億7千万年後に、弥勒菩薩は衆生を救うというが、一体何が起こるのだろう?
この世に“神“という存在があるとすれば、“神“は何故多くの人に試練を与えるのだろうか?

光瀬龍は巻末のエッセイで、戦争の敗北による打撃、いやおうなく知らされた人の命のはかなさが動機となり、仏教に惹かれたと書いている。そして、<仏教の宇宙観が、未知の新鮮な驚きを与えてくれた>。一方で、<幾多の経典は、それまで思ってもみなかった、さまざまな疑問を私に投げかけた>。

「百億千億」は、壮大な疑問に対する答えを求めた作品であり、萩尾望都はその世界をマンガとして成立させるというとんでもないことを成し遂げた。

印象に残る場面は多々あるが、一つだけ書き残しておきたい。ドラマの後半、阿修羅王は帝釈天と対峙することになる。<「・・・もう戦うことをやめぬか 阿修羅」「おまえは勝てない・・・勝つことはできないのだ」>と諭す帝釈天。これに対し、無言の阿修羅王の目から一線の涙が流れる。これは、一体何の涙なのだろう。

「百億の昼と千億の夜」、噛めば噛むほど面白い作品である


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