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王道の先にあるものは〜砂川文次「ブラックボックス」

文藝春秋を定期購読しているので、芥川賞受賞作は必ず読める状態にある。なんとなく興味を持てない、あるいは時間の余裕がないせいで、読もうとしない作品がある。そして、読もうとするが、最後まで読み通せないもの〜読みづらい、内容がピンとこない〜ものもある。そして、読了できる作品がある。

砂川文次「ブラックボックス」は、読了できる作品であり、それも順調に読み進めた。小説らしい小説だと思った。

主人公のサクマは自転車で書類などを配送する、メッセンジャーである。

丸の内に勤務していると、ビル内外でしばしば目にする、サイクリングスーツに身を固め、メッセンジャーバッグを身に着けている人たちである。それは、街中でよく見るようなウーバー・イーツなどの配送員に比べると、プロのサイクリング選手のような、ストイックな雰囲気を醸し出している。

サクマは生きるのが上手い人間ではない。高校を出て自衛隊に入るが一任期二年で辞め、次に勤めた不動産屋も1年しか続かない。多くの社会人なら我慢できる状況でも、<大抵の場合抑えが利かないのだ。頭の中で何かが白くぱっときらめき、気がつくと口か手が出ている>、そんな人間である。

こうした性質が、悪い方向に転がり、物語の後半の舞台は刑務所になる。

芥川受賞作の中には、個性が強く、描かれる世界もその文体共、とっつきにくい作品が多々ある。それは、個性であり才能であり、その作家が数年後、素晴らしい作品を上梓する。その受賞後作品は、新しい小説ではあるが、決して読みづらいものではなく、洗練されたものとなっている。

そうした“尖った”芥川賞受賞作品に比べると、「ブラックボックス」は王道の小説のように思う。読後、芥川賞の選評を読むと、選考委員の中の2人が中上健次との対比について言及していた。

書き込むべきものが、しっかり書かれており、曖昧さが無い。 選者の川上弘美は、<この作者は最後までさぼらなかった>と思うと書いていた。ウンウン、文学的に表現するとそういうことだ。

刑務所内で生きることによって、生活が保障されていることの“安心”と“不愉快”を理解し、<昨日と似てはいてもやっぱり今日と明日は違う>ことに気づくサクマと、その先のかすかな希望を示すエンディングも、悪くない読後感を醸成する。

完成度が高いが故に、砂川文次という作家はこの先どうなるのだろうと、僭越ながら思った。 平野啓一郎は受賞に賛同しつつ、<スタイル自体は、些か手堅過ぎる>としていた。ただし、前作「小隊」に触れ、その才能の多様性に触れた選者もいる。また、処女作「市街戦」で文學界新人賞を獲得、本作以前に3冊の単行本を上梓している。王道の受賞作は生まれるべくして世に出たのであり、まだまだ引き出しは多いのだろう。

文藝春秋のインタビューによると、次作は金融がテーマとのことだ。王道の先に、どんな世界が展開されるのか、楽しみである


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