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本日はアカデミー賞授賞式〜無冠(じゃない)かもしれないが面白い!「アメリカン・フィクション」

本日(日本時間)はアカデミー賞授賞式。これを読まれているタイミングでは、各賞受賞者が発表されているかもしれない。

各賞とも、3月29日にようやく日本公開される「オッペンハイマー」が有力で、作品賞・監督賞・主演男優賞などは、ほぼ当選確実と言われている。

面白いのは「オッペンハイマー」不在の主演女優賞で、私が観た「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」のリリー・グラッドストーン、「マエストロ」のキャリー・マリガンは十分受賞に値すると思う。

作品賞候補の中で、気になっていたのが「アメリカン・フィクション」。日本では劇場公開されず、Amazon Primeからの配信のみで、週末に観た。

これがなかなかの面白さ。賞レースでは、英国アカデミー賞(BAFTA)で脚色賞(原作のある作品における脚本賞)は獲得したものの、ゴールデングローブ賞は無冠、今日も無冠かもしれないが(英TIMES紙の予想では脚色賞獲得)、十分観るに値する映画である。(追記:見事脚色賞獲得しました!)

まずタイトルが良い。「アメリカン・フィクション」、なんとなく内容を考えさせられる。

主人公のセロニアス・“モンク“・エリソン(ジェフリー・ライト)は、作家兼教授。作品の質にこだわり寡作、商業的には厳しいポジションにいる。付け加えると、彼は黒人である。

ブックフェアに出席のために、故郷のボストンに帰ることになったモンク。年老いた母と姉のリサと再会する。他界した父、姉、兄、全て医師という“黒人“ファミリーである。

黒人の作家というだけで、一つのカテゴリーにはめようとする社会にモンクは苛立っている。世間が考える、あるいは想像したい“黒人“は、粗野でラップを愛し、警察に不当な暴力を振るわれる。そして、“黒人“作家には、“アフリカ系アメリカ文学“というレッテルを貼り、黒人の置かれた“現実“を描くことを求める。

モンクの新作が出版社に受けない。彼のエージェント(プエルトリコ人)はこう話す。

「white people think they want the truth but they don't. They just want to feel absolved. (白人が求めているのは真実ではなく免罪符だ)」

このライン、考えようによっては「オッペンハイマー」を含む、多くのハリウッド映画に対する挑戦に聞こえる。

世間が欲しがる黒人の“現実“は、“フィクション“であり、多くの黒人はそのような呪縛からは無縁である。一方で、人種は関係なく、家族の問題、不幸な出来事は満遍なく人に襲ってくる。それこそが“現実“である。「アメリカン・フィクション」というタイトルは、こうした社会に対する強烈な皮肉なのか。。。。。

などと思いながら、映画を観ていると、物語は思わぬ方向に転がりだす。

信念を貫くことと、独りよがりは裏表の関係である。好きなものを書くことと、求められている書くこと、どちらが上でどちらが下というものではない。

モンクの生き方は、どう見れば良いのだろうか。

大作と並行してこのような映画が作られて、アカデミー賞候補という形で評価を受けている。しかも、コード・ジェファーソンの長編映画監督デビュー作。それは素晴らしいことであり、やはり映画は面白いと思わせる作品である


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