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不世出のコンビ、仁左衛門と玉三郎〜鳳凰祭四月大歌舞伎

“不世出“という言葉を辞書で引く。広辞苑によると、<めったに世に現れないほどすぐれていること>とある。この日の舞台を見ながら、十五代目片岡仁左衛門と坂東玉三郎、この二人は不世出のコンビだと改めて思った。少なくとも、私の生きている間に、彼らほどの役者を見ることはないだろう。

歌舞伎座も新装なってはや10周年。“鳳凰祭“はそれを記念する興行、その名に相応しい夜の部の舞台だった。

“切られ与三“としても知られる、「与話情浮名横櫛」。仁左衛門の与三郎、玉三郎のお富さんでの上演は18年ぶりである。昨年も上演が予定されていたが、仁左衛門が帯状疱疹で降板。演目が差し替えられた。私はチケットを入手し楽しみにしていたが残念な結果だった。今回も、4月5日〜7日は仁左衛門の体調不良で公演中止。祈るような気持ちで、この日4月14日の夜の部も迎えた。

「与話情浮名横櫛」は、最後の「源氏店の場」が有名。お富との密会がばれ、体に34箇所の傷をおった与三郎。そもそもは、大店の若旦那である。一方のお富は逃亡し、海に飛び込む。三年が経過、船に拾われたお富は和泉屋の番頭多左衛門に囲われ、源氏店の妾宅に住む。そこへ、強請にやって来た蝙蝠安と与三郎、劇的な再会の名場面は、春日八郎のヒット曲「お富さん」でも知られる。

私は2020年8月松本幸四郎の与三郎、中村児太郎のお富さんで観ているが、その時はこの「源氏店」だけの上演だった。今回は、「木更津海岸見染の場」 、「赤間別荘の場」からの上演である。つまり、二人の“見初め“、“逢引〜別れ“、“再会“という構成で観ることができる。

この“見初め“が素晴らしい。まず、花道から仁左衛門が登場しただけで、万雷の拍手。この時の与三郎は切られる前なので、まさしく“男前“、来年80歳とはとても思えない。いったん、本舞台に出たあと、客席通路に降り、歩きながらのセリフである。私の周囲の仁左衛門ファンの女性は大盛り上がり、手を振る人までいる。

再度、花道を通って舞台に戻ると、お富さんとの出会いの場面である。何度も共演している二人、この芝居も今日で10回程度演じている。しかし、私の目の前にあるのは、まさしく今ここで初めて出会った美男・美女にしか見えない。場内全体がドキドキの空気である。

「赤間別荘」、お富さんのところに忍んでくる与三郎、手を引かれて奥へと。部屋の中を、客席は御簾越しにのぞくのだが、その中で帯を解くお富・与三郎。色気・エロティシズムのオーラが放たれる。

休憩挟んでのクライマックス、源氏店。蝙蝠安の片岡市蔵、藤八役の片岡松之助、左團次休演で多左衛門を演じる河原崎権十郎(鳶頭金五郎には坂東亀蔵)らを含め、悪かろうはずはない。歌舞伎の名場面を堪能した。

仁左衛門が4月27日の日刊スポーツに掲載されたインタビューで、こう語っている。「歌舞伎はどこを向いても絵になっていないといけない。かといって、意識して演じると役から離れてしまう。」この舞台は、まさしく形式美と登場人物の気持ちが一体となっていた。

後半は、「連獅子」。二人のレジェンドの陰に隠れているが、こちらも見事な舞台だった。 親獅子(狂言師右近)に四代目尾上松緑、子獅子(狂言師左近)に松緑の息子、尾上左近。前半の狂言師としての踊り、藤間流の家元なので当然なのだが、尾上松緑の踊りが素晴らしい。一方の左近も若々しい迫力を出している。最後は、二人の親子獅子の舞に、場内割れんばかりの拍手で終演となった。

“不世出“の二人による歌舞伎の名狂言、そしてこれからの歌舞伎を担う尾上松緑と活躍が目立つジュニア世代の一人、尾上左近。興行は27日まで、まだチャンスはある。歌舞伎初心者の方にも楽しめる演目で、お勧めする。

外国人観客の姿もチラホラ、帰りがけにそばにいたティーンエイジャーとおぼわしき女の子は、「連獅子」を評して、“Awesome!(スゴかった!)“と話していた



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