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遠田潤子ワールドは底なし沼〜「ドライブインまほろば」

私は遠田潤子の小説を好んでいる。それは、理不尽な世界、つらい人生が描かれていることが殆どだが、その世界に一歩踏み入れると、彼女は絶対に私を離さない。

そんな気分にまた浸りたくなり、未読の小説を探し、「ドライブインまほろば」を取り上げた。彼女にしては、少し柔らかなタイトルである。

しかし、序章は<僕はしばらくミカンのことを考えていた>と始まり、僕は手に載せてもらったミカンのことを回想する。しかし、<僕はまたまた手を見る。もうミカンはない。今、僕が握りしめているのは、固くて冷たい金属バットだ>と続き、そのバットで撲殺された<僕>の義父、流星の死体の横にバットは転がる。<僕>は、この小説の主人公、 小学六年生の坂下憂。

第一章の最初の語り手は、坂下家とは無関係の比奈子。ドライブイン「まほろば」を一人で営む。彼女は、<昨夜また、私は母を殺す夢を見た>。そして、比奈子の娘は亡くなっていることが示唆される。

章の後半は、視点が変わり、殺された流星の双子の兄、銀河。殺人現場に足を踏み入れ、妹と逃亡した憂の居場所を突き止めようとする。

もう止まらない、抜け出せない。3つの視点が入れ替わりながら進んでいくドラマ、憂の未来、比奈子が抱える問題、銀河の執念の虜になってしまう。

タイトルは柔らかいが、書かれるているのは、直視したくない現実である。それはアクシデントであったり、意図的な問題行為ではあるが、その背景には簡単には説明できないリアルがある。

そうした世界を、遠田潤子は容赦なくえぐっていく。そして、それをエンターテイメントとして昇華し、先を読まずにはいられない状態に読者を落とし込む。

こうして私は、遠田ワールドの底なし沼から、足抜けできない状態になる。

彼女は、2020年「銀花の蔵」で直木賞候補になったが、惜しくも受賞を逃した。良い小説だったけれど、候補7回となった馳星周に敗れた。早く、直木賞を獲得して欲しい。そうすれば、もっと多くの人が、遠田ワールドに触れ、そこに描かれたリアルを直視せざるを得なくなると思うのだ。そして底なし沼にはまるはずだ



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