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アンソニー・ホロヴィッツが描く“リアリティ“〜「ナイフをひねれば」

年末のミステリー・ベストを睨んで、新刊が書店棚に並んでいる。取り敢えず読んだのは、ベスト10常連のアンソニー・ホロヴィッツ。週刊文春のミステリーベスト10では、2018年唐4年連続1位、昨年は「殺しのライン」が2位となっている。

今年は、「殺しのライン」に続く、“ホーソーン&ホロヴィッツ シリーズ“第4作、「ナイフをひねれば」(創元推理文庫)である。原題は「The Twist of a Knife」。なお、本書の解説にも書かれているが、“twist the knife“には、<状況をさらに悪化させる(リーダーズ英和辞典第3版)>、あるいは<嫌なことを思い出させる(ジーニアス英和大辞典)>という意味もある。

ホロヴィッツ作品を読んだことがない妻が、Audibleで「カササギ殺人事件」を聴いていた。彼女曰く、「懐かしいイギリスの場所が出てきるところも面白い 」。私もそうした観点からも、これまでの作品を楽しんだ。

本作は、そのことをさらに意識して読み進んだ。本作は、主たる舞台がロンドンなので、まさしく親しんだ場所が多数登場する。もっとも、イギリスやロンドンを舞台とした小説など山ほどある。その中でも、ホロヴィッツ作品が格別に刺さってくる。その理由が少しわかったような気がした。小説の中の“リアリティ“である。

なお、このシリーズを読んだことがない方に、構成をご紹介しておく。シリーズの語り手であり、主役の一人はアンソニー・ホロヴィッツ、つまり作者自身である。小説の中でも作家として登場する。その“相棒“が、探偵役のダニエル・ホーソーン、元は警察組織に属していた。この二人が、ホームズ&ワトソンさながらに、名コンビぶりを発揮する。

ホロヴィッツが脚本を手がけた「マインドゲーム」という芝居が、ロンドンのヴォードヴィル劇場で上演される。面する道路はStrand、斜め向かいにはサボイホテルがある。もちろん、全て実在し、私にとっては目を閉じれば浮かび上がる場所である。

さらに「マインドゲーム」は、ホロヴィッツが脚本を書き、実際に上演された作品。このように、実在するものが、人物も含めふんだんに登場する。そして、ホロヴィッツ自身が登場することによって、小説とリアルの境目が薄くなる。それによって、物語がリアリティを持って迫ってくるのだ。

さらに、ホロヴィッツの表現が、特に現地にいた人間にとっては、「そうそう」とうなづきたくなるシーンを甦らせる。

大いに受けたシーンは、こうである。少し長いが引用する。

<人ごみをかき分けて駅へ急ぎ、交通系ICカード(オイスターカード)を探すのに手間取っている女性の後ろでいらいらし、次の電車を待とうとして出発時刻表示版に目をやると、あと七分も待たなくてはいけないと知って頭にくる。ようやく電車が出発したかと思うと赤信号で停止し、いつ発車するのか運転士のアナウンスを待っているのに、いっこうに何の案内もない・・・・私は神経が焼き切れてしまいそうだった。>

イギリスに住んだことのある方なら、間違いなく経験したことがあるだろう。この小説は、イギリス在住経験者、あるいはイギリスが好きな方は必読である。

ミステリー小説としては、極めてオーソドックスでシンプルな作りになっている。シャーロック・ホームズ、アガサ・クリスティーの作品を正当に継承する。悪い意味ではなく、見事な“職人芸“である。

しかし、謎解きの裏側に、社会的な問題をさりげなく入れ込んでいる。このあたりも計算されつくしている。

ミステリーという知的エンターテイメントという“虚“のスタイルを維持しながら、“リアリティ“を描いたホロヴィッツ(作家の方、それとも登場人物?)をエンジョイしよう


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