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東京で上方落語を楽しむ(その1)〜桂米二一門会と祖父の思い出など

東京で上方落語を聴く機会はそれなりにある。落語芸術協会に所属し、寄席にも登場する笑福亭鶴光一門始め、精力的に独演会などを開催する桂雀々桂吉坊、そして一気に全国区の女性落語家となった桂二葉

それでも、東京においてそれなりの知名度のある噺家に限られ、知らない上方落語家の高座に触れる機会は少ない。昨年、「天満繁昌亭」に初めてうかがい、上方落語の世界に浸り「やっぱり、えぇもんやなぁ」と。大阪出身の私のルーツは、上方落語である。

桂二葉の落語に感心し、彼女の師匠・桂米二とはどんな噺家なのか。昔、聴いたことがあるようには思ったが、一度じっくりと体験してみたいと考えていたところ、桂米二の一門会が定期的に東京で開かれていることを知った。

そして、2024年5月14日内幸町ホールでの一門会である。

入場して驚いたのは、米二師匠みずから受付に座っている。中入り後のトークのコーナーで、「人手が足らないのと、お客さまの顔を覚えられるから」と話されていた。一門の性格がうかがい知れる。

プログラムに米二は、「今回初めて(中略)即日完売というのを経験しました。」「気持ちええやろなあ、と思てたのですが、大きな間違いでした。」と書かれている。これまで頭を下げて買っていただいていたお客様に、「お断りするのに頭を下げまくりました。」さらに、二葉のおかげだとも。

トップバッターは、三人の弟子の中では最若手、桂二豆(にまめ)。演題は「やかん」。物の名の起源を問う、いわゆる“根問(ねどい)“物であるが、上方落語で聞くのは初めてのような気がする。2017年の入門、東京であれば二つ目格だが、なかなか達者である。講談の修羅場読みも器用にこなしていた。

桂二葉は「青菜」。夏の噺である。主人公の植木屋、後半の爆笑シーンは、さすが二葉という感じで笑いを取っていた。昔から何度も聴いてきた話だが、故柳家小三治などの高座に接するにつけ、この噺の難しさは植木屋が真似ようとする得意先の旦那だと思うようになった。

仕事が一段落した植木屋に、「お酒の相手をしておくれ」と、“柳陰(やなぎかげ)“〜お酒と味醂をミックスしよく冷やしたもの〜をふるまい、酒肴として鯉のあらいを出す。口直しに“青菜“はいかがと、奥様を手を叩いて呼ぶ。

お屋敷の主人、植木屋を慰労する優しさがあり、よく出来た御内儀を持つ。この造形いかんによって、お屋敷の立派さ、大家における振る舞い方がリアルなものとして聴き手に伝わってくる。さらに、これによって植木屋始めとする庶民との格差、それを笑い飛ばす長屋の住民、話の奥深さが変わってくる。

それを出すには、桂二葉はまだ若い。それは彼女の問題ではなく、時間が必要なのである。

聴きながら、私の中の「青菜」の思い出が蘇った。1970年代、故笑福亭仁鶴は我々のアイドル落語家だった。ラジオのパーソナリティーとして活躍、小学校高学年になった私は愛聴し、番組からスピンオフした書籍を何度も読んでいた。

その本の中に、彼が十八番とした落語「青菜」の台本が掲載されていた。私は、それを繰り返し読み、声を出して演じてみた。もちろん、一人部屋の中で。

この日の米二一門会は、私に思い出をかき立てる高座だった。後半には祖父のことに想いをはせた


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