和製ミュージカルの傑作〜エノケンの「孫悟空」
しつこいですが、小林信彦「日本映画ベスト50」。かなりの部分はU-NEXTやAmazon Primeなどの配信サービスで観られますが、中にはNAのものもあります。その一つが、名コンビ、エノケン主演=山本嘉次郎監督によるミュージカル大作「孫悟空」です。YouTubeでは見られるのですが、何となく逡巡していました。
そんな時、この映画が上映されることを偶然に見つけました。国立近代美術館のフィルム・ライブラリーから発展した、京橋にある「国立映画アーカイブ」。山本嘉次郎の生誕120周年を記念した上映が企画されており、その1本としてエノケン版「孫悟空」(1940年)も上映されていたのです。ちなみに、山本監督は、三木のり平主演でも「孫悟空」(1959年)を撮っており、こちらはこれから上映されます。
これも何かのお導きと思い、京橋へと出かけました。そして、この「孫悟空」、観てビックリしました。戦前の日本で、これだけのクオリティのミュージカル映画が作られていたなんて!
簡単に表現すると、ハリウッドのミュージカル、グランド・オペラ、浅草オペラ、バレエ、ディズニー・アニメ、特撮が全てぶち込まれています。
バズビー・バークレー風の、大人数のダンサーを使い、俯瞰的に動きを撮るシーン。オペラ「アイーダ」を思わせるような行進。群舞含むバレエ。
見どころの一つは、 孫悟空役の榎本健一と、猪八戒役の岸井明が繰り広げる、オペラのアリアの数々。ジュディ・ガーランド主演の映画「オズの魔法使い」(1939年米公開、1954年日本公開)を思わせるような場面。「オズ」のドロシーはブリキ男とライオンとカカシを連れて、エメラルド・シティを目指します。三蔵法師は、悟空・猪八戒・沙悟浄を連れて天竺を目指す、考えてみれば同じような構図です。なお、水先案内人として登場するのが、子役時代の中村メイ子。
さらに、ディズニー映画の曲も替え歌で登場します。「三匹の子豚」の“狼なんか怖くない“、「白雪姫」(1937年米、1950年日)から、“口笛吹いて働こう“、“ハイホー“、「ピノキオ」(1940年米、1952年日)から、“星に願いを“など。
公開年を記したのは、全て日本では戦後の公開だった映画です。したがって、映画関係者が何らかの形で先取りして観て、間違いなく無断でパクって使用したのでしょう。
極めつけは、悟空・沙悟浄・猪八戒の3人が、中村メイ子から缶詰のほうれん草をもらって、元気100倍になるギャグ。もちろん、「ポパイ」のパクリです。
オリジナリティ云々を言うと、色々意見はあるでしょうが、この貪欲さには脱帽します。
さらに、特撮に円谷英二を起用し、傑作な場面も沢山登場、当時見た子供は狂喜したことでしょう。
さらにさらに、キャストには、高峰秀子、三益愛子、私からすると歴史の中の人物とも言える、李香蘭(山口淑子)、渡辺はま子、藤山一郎、徳川夢声。「あーのねのオッサン」、高瀬実乗(タカセミノル)が見られるのも嬉しい。
もちろん、主役は榎本健一で、軽快な動きを見せてくれます。 また、助監督に相当する、制作総主任として本木荘二郎のみがクレジットされていますが、黒澤明も同ポジションで参加しています。
あまりにも感激した私は、早速DVDを購入し妻に見せましたが、反応は至って冷静ではありました……
しかし、私は主張します。これは、名作・傑作です!