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2009年ハイドパークのブルース・スプリングスティーン(その4)〜アーカイブからの再掲

(承前)

※14年前に書いた記事を再掲しています



さて、僕が勝手に作った、スプリングスティーン、「ハイドパーク」交響曲の第4楽章、フィナーレのスタートです。

ブルースがハーモニカを持って始めたのは、「Promised Land」でした。この曲が始まると、僕はコーラスしながら、次のフレーズを待ち構えます。ブルースもそれを分かっていて、ステップを降りて来てくれます。

Blow away the dreams that tear you apart
Blow away the dreams that break your heart
Blow away the lies that leave you nothing but lost and brokenhearted

ここの、"Blow away”というフレーズが本当に大好きです。吹っ飛ばせ、やっつけろという事でしょうが、「約束の地」を目指す合言葉だと思っています。


興奮が高まる中、始まったのが「Racing In The Street」。ロンドンの夏の明るい夜空に向かって歌われました。名曲です。

'Cause summer's here and the time is right
For goin' racin' in the street

最新作、「Magic」から「Radio Nowhere」が演奏されます。コンサートが始まる前に、ケビン達と、「定番曲もいいけど、新しい曲をもっと聴きたいよね。良い曲一杯作っているんだから」と話していたことを思い出します。「Lonesome Day」「The Rising」と、村上春樹が名作と称するアルバム「The Rising」からの、必殺曲が続きます。この辺が、スプリングスティーンの凄いところで、いわゆる懐メロで最後を固めるのではなく、2000年以降の楽曲でカタルシスへと持って行きます。

今回のツアーの本編ラストは、「Born To Run」です。勿論、ここでコンサートは最高潮に達します。僕にとっても、ピークではあるのですが、困ったもので頭の半分には、「アンコールで何をやるんだろう、あれは歌ってくれるんだろうか」という、現実的な思いが錯綜し始めます。

アンコールで"あれ”は演奏されるのでしょうか?

アンコールに応えて、ブルースがステージに登場します。始まった曲は、「Rosalita」。ブルースの初期のライブの頃から、大盛り上がりの楽曲です。興奮が最高潮に達した後、始まったのが「Hard Times Come Again No More」です。この曲は、「オー・スザンナ」などで有名なアメリカの作曲家、フォスターの楽曲です。南北戦争の時、そして後には1929年からの大恐慌時代に盛んに歌われたと言われています。今回のツアーの殆どで、ブルースはアンコールでこの曲を歌います。「辛い時よ、もう来ないで」というメッセージは、悲しい事に今の世界に必要な叫びです。

"For London!"という一言の後、始まったのは「Jungleland」でした。スプリングスティーンの楽曲の中で、僕のお気に入りの10曲を選んだとしたら、必ず入るのはこれでしょう。幸運にも、1年前のロンドン公演に続いて、今年も遭遇できました。Soozieのバイオリンの音がちょっと外れた時(注:公式にアップされている動画はしっかり修正されています)がありましたが(イントロはやっぱりピアノの方が好きです)、何度聞いても名曲です。

そして、「American Land」。メンバー紹介があり、めいめいがステージから客席に向かって降りてくると、コンサートの終わりが近づいている事を認識せざるを得ません。

同年のスーパーボウルでも歌われた「Glory Days」が続き、「Dancing In the Dark」。1984年にこの曲が出て、ブライアン・デ・パルマが作ったミュージック・ビデオを見たときに、もの凄く違和感を感じました。ポップな楽曲を歌い、女性とステージで踊るブルース。スプリングスティーンは堕落したと感じたものです。あれから、25年「Dancing In the Dark」はコンサートのフィナーレを飾っても不満を感じない曲となりました。アレンジのせいなのでしょうか、僕自身の変化なのでしょうか。

3時間近い宴は終わってしまいました。最後に、スティーブ・ヴァン・ザントが客席からピック・アップしたサイン・ボードは、「Greeting From Hyde Park」、ブルースの1stアルバム「Greeting From Asbury Park」に対するお返しでした。

結局、僕の“あの曲”は演奏しませんでした。それは、「The River」です。前夜のグラストンベリーで演奏された、観客がコーラスする「The River」を心待ちにしていました。あの重苦しい曲を、観衆は歌詞を覚えて合唱する。そして、ブルースの体からは湯気が上がる。ロック史に残る映像だと思います。昨年のロンドン公演でも聴けず、是非と思っていましたが残念です。

あとは「Hungry Heart」も10年振りに歌いたかった。新曲では「Queen of Supermarket」演って欲しかった。。。。ときりはありませんが。でも、「River」だけはーーーー

追記:村上春樹は、音楽についてのエッセイ集「意味がなければスイングはない」で、スプリングスティーンについて書いています。“Hungry Heart“の大合唱について、<とんでもなく暗い内容の、複雑な物語性をもった歌詞を、八万人の観衆がー少なくともその多くの部分がー丸ごと暗記して合唱できてしまうというひとつの事実が、ここにある。まさに驚くべき事実だ。>と。そして、この事実、自身がスプリングスティーンに惹かれる理由として「物語の共振性」のようなものと表現しています。

あれから、2週間が経ちました。映像や写真を見て「これの一番前にいたのかぁ」と思うとしみじみ感動します。家族は、「こんな中の一番前にいた人が我が家にいるなんんて」とあきれています。もう一度、これをやる自信はありません。体力的には限界でした。

ブルースもこのツアーが終わると休養に入るようですが、直感的には「Nebraska」「Ghost of Tom Joad」の路線、自省的なアコースティック・アルバムを作るような気がします、というか僕の希望です。そして、そのツアーで是非ブルースに再会したいと思います。その時には、シンプルで心に染みる「River」を聴きたいと思います。

(注:この後、2011年にアルバム「Wrecking Ball」を発表。ツアーも再開します)


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