見出し画像

画期的な作品が終刊、主人公は誰だ?〜魚豊「チ。ー地球の運動について」

新しいマンガには、なるべく手出ししないと思いつつ、ここ数年の手塚治虫文化賞は気になる。2021年、高浜寛「ニュクスの角灯」、山下和美「ランド」は、つい手に取ってしまったが、どちらも素晴らしい作品だった。

今年は、魚豊の「チ。ー地球の運動についてー」。どうやら「地動説」がテーマらしい。我慢できず、読み始めたのだが、最終巻が未刊だった。そして、先月末に8巻がようやく刊行され、再度最初から読み返していった。

画期的な作品である。しかし、それをどう伝えられるのか、非常に難しい。そうしたところ、7月8日のNHK朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」で、こんなセリフが登場した。新聞記者の大野愛(飯豊まりえ)が歴史についてこう話す。<「昔の話は今につながっているのよ。たとえば智君がはいているジーンズ、かつては不良がはくものと言う人もいた」>。こういうマンガである。「今、皆が信じている”地動説”、かつては異端思想と言われた」のだが、“歴史”が変えていったのだ。

と言っても、なんだかさっぱり分からないだろうから、まずは、著者のインタビューから引いてみる。タイトルの『チ』をは何か? <大地のチ、血液のチ、知識のチ。その3つが渾然一体となっているのがこの作品なので、我ながら気に入っているタイトルです>と、作者は話している。

そして、第1巻の冒頭は、こう始まる。<硬貨を捧げれば、パンを得られる。税を捧げれば、権利を得られる。労働を捧げれば、報酬を得られる。>、<なら一体、何を捧げればこの世の全てを知れるーーー?>。舞台は15世紀のP王国、C教に背く異端思想を弾圧する拷問シーンから始まる。

続いて、主人公と思しき少年、ラファウが登場する。義父であり教師のボトツキが教室で質問する。<「宇宙の中心には、何があるでしょう?」>。嬉々として答えるラファウ、<「宇宙の中心は勿論、地球です」>そして、その根拠を述べる。ラファウはこれから大学に進み、「神学」を専攻する予定だ。

ラファウは優等生で天体観測を愛している。しかし、進学に際し、義父ボトツキは観測を止めるように命じる。そこに現れるのが、ボトツキの知人フベルト、異端の疑いで捕まっていたが釈放される。彼の行っている“禁じられた研究“とはー




従来型のマンガであれば、ラファウという少年を主人公として物語は展開する。その中で、読者は彼に感情移入していく。ところが、それはあっさり裏切られる。彼は第1巻が終わる前に舞台から姿を消してしまうのだ。

その後も、魅力的なキャラクターは数多く登場する。しかし、このマンガの主人公はキャラクターではない。真実〜“地”が動いていることを、“知”ろうとする人々の情熱、<真理の自由な探究>が主人公であり、それを助演するのが目的達成のために流される、人間の“血”である。綿々と引き継がれる、人々の心が主人公となるのが、この作品を画期的なものにしているのだ。

第4巻にはこんな場面がある。“地動説”を追求するC教聖職者のバディーニが、この世は非道徳的なことで溢れかえっており、<「そういう世界を変える為に、何が必要だと思いますか?」>と問いかけると、同僚は<「え・・・」>と反応する。そしてバディーニは自ら解答する。





今も、世の中は“非道徳的“なことであふれている。それを解決するために、まず必要なものは(それだけでは十分でないことも、“血“が必要なことも、このマンガは描く)、真実を“知“ることである。

ある登場人物は、こう語る。<「人は先人の発見を引き継ぐ」>、<「だから今を生きる人には過去の全てが含まれる」>。そして、<「今は貴方達が歴史の主役だから」>。“歴史”には“ものがたり”とルビが振られている。そう、この物語は<真理の自由な探究>の歴史なのである。


他にも魅力的な、印象的な場面・セリフが数多く登場する。是非、手にとって“探究”して欲しい。

なお、最終巻において、年号は15世紀という曖昧なものから1468年に特定される。P王国も、ポーランド王国都市部となる。その意味は何なのだろうか?


この記事が参加している募集

マンガ感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?