見出し画像

「幽霊の辻」から「はんどたおる」〜第三回立川生志の番(その1)

2021年12月、「傳志会」という落語会が終了した。立川流の四人、立川志の輔、立川談春、立川生志、立川雲水による会だが、トリは生志か雲水がつとめていた。この会の後継的に、同じイイノホールでスタートしたのが、「立川生志/雲水の番」。「傳志会」同様、二人が交互にトリ、今回は「立川生志の番」となった。談春は外れたが、志の輔が引き続きサポートとして入る。

トップバッターの雲水、阪神タイガースの快進撃、1985年の優勝時、道頓堀に落とされ都市伝説となった“カーネル・サンダースの呪い“などをマクラに振り、入ったのは「幽霊(ゆうれん)の辻」。

堀越村に手紙を届けに向かう一人の男。道中の茶店の老婆に、村までの道をたずねる。老婆が語るのは、道中にある“水子池“、“馬頭観音“などにまつわる、怪奇な伝説。この話、演じようによっては、貧しい村の陰惨な過去がクローズアップされすぎる可能性がある。枝雀は、そこを爆笑怪談話として演じ、それを受け継いだと言える柳家権太楼も同様である。

雲水の芸風はこの二人とは違うため、工夫がほどこされていた。“獄門地蔵“を上記の“馬頭観音“にし、そこで起こる現象を陽気にするなど、暗さを減じている。

また、私が聞いている枝雀の音源では、サゲがはっきりとはつけられておらず、聴衆の想像に委ねている。 権太楼はそれに対して、やや強引なサゲを作って演じている音源もある。雲水は、男と老婆のやり取りの場面に戻し、老婆こそが怪奇な存在であるとした。これによって、地域の暗い過去はさらに朧げなものになり、後味を良くしてくれる。

よく考えられた演出だったと思う。

なお、この噺は小佐田定雄が桂枝雀に書いた新作落語である。その著書「枝雀らくごの舞台裏」によると、<「落語は古典に限る」という頑迷な思想>の小佐田氏が、ある時、枝雀の自作「戻り井戸」を聴く。そして、現代を舞台にしない新作落語もありなのだと気づき、初めての作品となる本作に取り組むことになる。知らずに聴くと、古典落語のような世界である。小佐田氏は、本作をきっかけに枝雀に作品を送り続け、200席を超える落語を作り上げる。

続いて上がった、立川志の輔。落語はAIに駆逐されることはないといった話から、「はんどたおる」に入った。こちらは、まさしく現代が舞台の新作である。

帰宅すると、ダイエットすると言っていた妻が、両手にシュークリームをつかみ食べている。どうしたことかと聞くと、妻は「箱に“お早めにお食べください“と書いてあるんだもん」。夫が、「どうせ人からもらったのだろうが、どうして近所にあげないのか」となじると、妻は「もらったわけではなく、買ってきたのだ」「あと500円程度買い物して、3000円になると、ハンドタオルがもらえると、スーパーのレジで言われた。レジ側にシュークリームが特売になっていて、それをいくつかカゴに放り込むと、ちょうど3000円になった」と。

私なども、よく落ち入る“買い物あるある“の状況から落語は始まる。自家薬籠中の新作落語であり、鉄板ネタの一つ。客席は爆笑に包まれ、隣に座っている女性は涙を流している。

この夫婦のドタバタ劇が続く中、二人に翻弄されるのが宅配ピザの配達人という展開である。私が聞いた音源では、新聞の勧誘員。これが、変わっていた。確かに、新聞の勧誘員というのも、過去の遺物になりつつあるような気がする。私も、日刊スポーツ以外は、電子版しか購読していないが、最後に勧誘員の訪問を受けのが何時だか記憶にない。

志の輔の新作落語も、新作とは言え年季の入った作品も多い。世の中の流れが早い中、現代を舞台とした“新作落語“は不断のアップデートが必要なのだろう。その点、小佐田氏が作った「落語時代」を背景とした作品は強い。強いが、それは変化しないという意味ではなく、多くの演者の工夫によって、やはり練り上げられていく。

落語が生き物であることを改めて感じながら中入り、後半へと続く



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?