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五年目の成果

 この10月に、古屋美登里翻訳塾の第五期前半が終わりました。残るは半年だけになりました。

 コロナウィルス感染症のさなかに始まったこの翻訳塾ですが、それから四年半のあいだ、多くの翻訳課題をこなし、作文で日本語力をつけるという、かなり厳しい授業をおこなってきました。いま現在塾に残っているのは、第一期に入ってきたみなさんと、その半年後に募集して入ってきた第二期の方です。人数は当初の半分以下になりました。仕事やその他個人的理由から翻訳の勉強を中断せざるをえなくなった方々が何人もいらっしゃいました。いま考えても残念で仕方がありません。その後、第三期、第四期には塾生の募集はいたしませんでした。途中で参加するには塾の内容が高度になりすぎていると判断したからです。
 
 この10月には、五年目の目標としていた、プロとして独り立ちするために読んでもらえる作品のレジュメを書く、という講座を企画しました。塾生のみなさんは三ヶ月前から自分が訳したいと思う作品を探し出し、そのレジュメを書きます。そのレジュメを、実際に活躍していらっしゃる編集の方おふたりを前にプレゼンテーションをし、さまざまなアドバイスをしていただく授業です。出版社で翻訳書を編集なさっている現役のおふた方は、内容の評価について、何が欠けているか、書き足りないこと、あるいは余分な文章などを指摘され、どのような出版社なら出版の可能性があるかといったことまで率直に話してくださいました。
 とても貴重な時間でした。

 レジュメを書くことは、翻訳家が仕事を広げるために不可欠なものです。作品の魅力を相手に伝えるには内容を簡潔に伝えることの大切さ、つまりは文章の巧みさが必要です。また、忙しい編集者の目を釘付けにする技も要ります。その書き方の善し悪しを直接、忌憚のない言葉で教えていただける機会は滅多にありません。この授業は自身の現在を客観視できるよいチャンスでもありました。編集の方はとても的確に翻訳者の力を見抜いていらっしゃるのだといまさらながら痛感しました。
 翻訳書を出しにくい状況のなか、編集者の興味を惹くにために必要なのは熱意だけではなく、原書の選択、版元の選択、見やすい書き方、印象的なフレーズの使い方、文字数といった技術的なものです。そしてもっとも必要なのは、諦めないこと。編集の方おふたりが口を揃えておっしゃっていたのは、A社に企画を持ち込んで断られてもへこたれずに次の版元を探すこと、B社がだめでもC社に、ということでした。当たり前のことのように聞こえますが、一度拒まれると足元が竦んでしまいます。そこをなんとか前進させる気持ちが大事だ、ということです。相性のよい出版社に巡り会うにはチャレンジを重ねていくしかないと私も思います。
 私もなかなか出版が決まらずに途方に暮れていた作品をようやく本にしていただいたことがあります。地獄で仏に巡り会えたような気持ちでした。もっとも、仏に見えたのはその瞬間だけのことで、しかも、地獄に終わりはなさそうなのですけれど。

 私としてはこれまで、プロの翻訳家を目指す方々の夢を叶えるために力を尽くしてきました。翻訳の技術はもちろん、教養を深め、文章や読解の力を伸ばすためにできる限りのことはしてきたつもりです。最終的な目標は塾生のレジュメが本という形になって出版されることです。みなさんそれぞれ、非常にユニークで面白い本を探し出してきたことには瞠目しました。きっと何年も経たないうちに翻訳書が出せるようになるはずです。文章の質はこちらが保証済み。あとは果報は寝て待ての心境です。