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『怒りの葡萄』 – 日めくり文庫本【2月】

【2月27日】

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 国道六十六号線は、重要な渡り道だ——国を横断する長大なコンクリートの行路が、ミシシッピ川沿岸からカリフォルニアのベイカーズフィールドまで、地図上では上下にゆるやかにうねっている——赭(あか)い地(くに)と灰色の地を超え、くねりながら山地へと登っていって、大分水嶺ロッキー山脈を越え、燦々と輝く過酷な沙漠(さばく)へと下り、沙漠を渡って、また山にはいり、肥沃なカリフォルニアの広野に達する。
 六十六号線は、砂塵嵐と減るいっぽうの耕作地からの難民、群れをなして逃れるひとびとの行路だった。トラクターの雷鳴、縮むいっぽうの持ち分、北へじわじわと侵蝕する沙漠、テキサスからうなりをあげてやってくる旋風、土を豊かにするどころか、残された養分をさらってゆく洪水。ひとびとはそういったものすべてから逃れ、支流である脇道や、幌馬車の踏み跡道や、轍の残る田舎道から、六十六号線に流れ込んだ。六十六号線は母なる道(マザー・ロード)、逃れの道だった。
 クラークスヴィル、オザーク、ヴァンビューレン、フォートスミスは、六十四号線沿いにあり、そこがアーカンソー州側の最西端になる。この六十四号線のほかにも、さまざまな国道がオクラホマシティに集中している。タルサからは六十六号線、マカレスターからは二百七十号線、南のウィチタフォールズからは、北のイーネドに向かう八十一号線。エドモンド、マクラウド、パーセル。オクラホマシティを出た六十六号線は、西のエルリーノーへ向かう。さらにハイドロ、クリントン、エルクシティ、テクソーラと進み、そのすぐ先でオクラホマ州を出る。そしてテキサス・パンハンドルを横断する。シャムロック、マクリーン、コンウェイ、黄色の街アマリコ。ウィルドラード、ヴェイガ、ボイシーと進んで、テキサスを出る。トゥーカムカリー、サンタローザ、ニューメキシコ州の山地を経て、アルバカーキに達し、そこで北のサンタフェからの国道が合流する。そして、リオグランデの深い谷へおりていって、ロスルナスまで行くと、そこからまた六十六号線に戻り、ギャラップの先でニューメキシコの州境に行き当たる。 
 そしていよいよ高原にぶつかる。アリゾナ州の高原地帯のホルブルック、ウィンズロウ、フラッグスタッフ。その先は、地表から海みたいにうねっている広大な台地。アシュフォーク、キングマン、ふたたび岩山。そこでは水はよそから運ばれてきて、売られている。強い陽光で朽ちたぎざぎざのアリゾナの山地を抜けると、岸辺を青々とした葦が縁どるコロラド川にたどり着き、そこでアリゾナ州は終わる。川の向こうはカリフォルニア州で、とっつきには美しい町がある。川に臨む町ニードルズ。しかし、川はこのあたりにはなじまない。ニードルズの先、灼けつく峠の向こうには、あの沙漠がある。六十六号線は、恐ろしい沙漠を通る。逃げ水が遠くでちらちら揺れ、沙漠中央の黒い山地がはるか彼方に、威圧するように浮かんでいる。ようやくバーストウへ着いたと思いきや、またしても沙漠がつづき、その先では山がそそり立っている。これがまたかなりの山地で、六十六号線は九十九折(つづらお)りでそこを抜ける。やがて突然、峠が現われて、眼下には美しい谷、果樹園、ぶどう畑、小さな家があって、遠くに町が見える。ああ、やれやれ、旅は終わりだ。

——ジョン・スタインベック『怒りの葡萄〔上〕』(新潮文庫, 2015年)238 – 240ページ


1939年(昭和14年)に出版された本作は、短い奇数章と本筋の偶数章が繰り返すリズム感も心地よいですが、トム・ジョード一家がルート66を中古車で新天地カリフォルニアへ向けてエクソダスするこの12章のたたみかけるような文章のテンポ感はひときわ小気味よく、あとに続くビートニクを予兆させます。
同じく昭和十四年、五代目を襲名した古今亭志ん生の十八番のひとつ、『黄金餅』の道中づきを。一番古い録音から。
「ワーワーワーワー言いながら下谷の山崎町を出まして、あれから上野の山下へ出て、三枚橋から上野広小路に出まして、御成街道から五軒町へ出る。そのころ、堀様と鳥居様というお屋敷の前をまっ直ぐに、筋違御門から大通りに出まして、神田ノ須田町へ出まして、新石町から鍛冶町へ出まして、今川橋から本白銀町へ出まして、石町から本町へ出まして、室町から、日本橋を渡りまして、通四丁目から中橋へ出まして、南伝馬町から京橋を渡ってまっツぐに、新橋を右に切れまして、土橋から久保町へ出ます。新シ橋の通りをまっツぐに、愛宕下へ出まして、天徳寺を抜けて、西ノ久保から神谷町へ出まして、飯倉六丁目へ出て、坂を上がって飯倉片町、おかめ団子という団子屋がありまして、その前をまっすぐに麻布の永坂を降りまして、十番へ出てまして、大黒坂を上がって一本松から、麻布絶口釜無村の木蓮寺へ来たときには、ずいぶんみんなくたびれた。……ァあたしもくたびれたよ。」

ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』【3月12日】

/三郎左

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