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『キャッチ=22』 – 日めくり文庫本【5月】

【5月1日】

「じゃなぜあんたはその連中の飛行勤務を解いてやらないんだ」
「なぜ連中は飛行勤務を免除してくれとおれんところに頼みにこない」
「あいつらは気が狂っているからさ、それが理由だよ」
「もちろん、あの連中は狂ってる」とダニーカ軍医は答えた。「連中は狂ってるとたったいま言ったろ。ところがきみは狂ってる連中に、きみが狂ってるかいないか判断させることはできない。そうだろ」
 ヨッサリアンは酔いがさめたようにダニーカ軍医の顔を見つめ、今度はべつの手を使った。
「オアは気が狂っているか」
「ああもちろんだとも」とダニーカ軍医は言った。
「あんたは彼の飛行勤務を免除できるか」
「できるとも。しかし、まず本人がおれに願い出なければならない。それも規則のうちなんだ」
「じゃ、なぜあいつはあんたに願い出ないんだ」
「それは、あの男が狂っているからさ」とダニーカ軍医は答えた。「危機一髪の恐ろしさをあれほど経験したあと、まだこれからも出撃をつづけるんだ。気が狂うのも当然さ。もちろんおれはオアの飛行勤務を解くことができる。だが、まず彼がおれに願い出なければならない」
「それだけで飛行勤務を免除してもらえるのか」
「それだけだよ。あいつに免除願を出させろよ」
「そうしたら、あんたはオアの飛行勤務を免除できるんだな」とヨッサリアンは問いただした。
「ちがうね。そうしたらおれは彼の飛行勤務を免除できないんだ」
「つまり落し穴があるってわけか」
「そう、落し穴がある」とダニーカ軍医は答えた。「キャッチ=22だ。戦闘任務を免れようと欲する者はすべて真の狂人にはあらず」
 たったひとつだけ〝落し穴(キャッチ)〟があり、それがキャッチ=22であった。それは、現実的にしてかつ目前の危険を知った上で自己の安全をはかるのは合理的な精神の働きである、と規定していた。オアは気が狂っており、したがって彼の飛行勤務を免除することができる。彼は免除願を出しさえすればよかったのだ。ところが願い出たとたんに、彼はもはや狂人ではなくなるから、またまた出撃に参加しなければならない。オアがもしまた出撃に参加するようなら狂っているし、参加したがらないようなら正気だろうが、もし正気だとすればどうしても出撃に参加しなくれはならない。もし出撃に参加したらそれは気が狂っている証拠だから、出撃に参加する必要はない。ところが出撃に参加したくないというなら、それは正気である証拠だから出撃に参加しなくてはならない。ヨッサリアンはキャッチ=22のこの条項の比類のない単純明快さに深く感動し、尊敬の口笛を鳴らした。

「5 ホワイト・ハルフォート酋長」より

——ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22〔新版〕 上』(ハヤカワ epi 文庫,2016年)85 – 87ページ


パラドキシカルな軍規第22項が、自己矛盾と不条理が支配する“戦争”状況それ自体を表していることを描いた本作は、法律が陥穽にもなりうる“暴力装置”であることを示し、そしてこのタイトルは慣用句としていまでも使われています。
法律を“武器”にして“戦争”状況と闘う、大西巨人『神聖喜劇』と双璧をなす反戦文学ですね。

大西巨人『神聖喜劇』【8月20日】

/三郎左

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