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『クレーヴの奥方』 – 日めくり文庫本【3月】

【3月18日】

 さっそく翌日には、クレーヴ公からシャルトル夫人に求婚の意思が伝えられた。シャルトル夫人はこの申し入れを受けた。娘をクレーヴ公に嫁がせたとき、夫人はまさか娘がクレーヴ公を愛せないとは思っても見なかったのだ。こうして結婚は決まり、陛下にも報告し、ついに皆が知るところとなった。
 クレーヴ公は結婚の成立を嬉しく思ったが、心から喜べずにいた。自分に対するシャルトル嬢の感情は、敬愛や感謝と言った範疇を超えるものではないことが寂しかったのである。礼節をわきまえた態度の陰に、熱い心を奥底に隠しているとも思えない。どんなに慎み深い性格とはいえ、結婚も決まったのだから、うわべだけではない愛情を見せてくれてもよさそうなものなのにと思い、クレーヴ公は毎日のように嘆いてみせた。
「あなたと結婚できるのに、幸せでないはずなどありません。それなのに、私は自分が幸福だと思えないのです。あなたは私にありきたりの好意しかもっていらっしゃらない。私はそれだけでは満足できないのです。あなたは気が急(せ)いたり、不安になったり、胸が苦しくなったりすることがないのでしょう。あなたは、私の想いに心を揺り動かされてはいない。まるで、私があなた地震の魅力ではなく、あなたの家の財産目当てで求婚しているかのように、無感動でいらっしゃる」
「そんなふうにお嘆きになるなんて、ひどいじゃありませんか。これ以上に何をお求めになるのです? 良家の子女としてこれ以上のことは許されておりませんもの」
「ええ、確かにあなたは、うわべでは私に応えてくださいました。もし、そのお言葉や態度の奥に、形にならないもっと大きな想いがあるのなら、私はそれだけで満足することができたでしょう。あなたは、礼節に縛られているのではない。いや、むしろ、礼節上、最低限のことをなさっているだけ。あなたのお気持ち、あなたのお心にふれることはかなわないのですか。私がそばにいても、あなたは嬉しくも苦しくもないのでしょうか」
「あなたにお会いするのが嬉しいのは、私の様子を見ていればおわかりになるでしょう。あなたのお姿を見ただけで心が乱れることも、顔が赤くなるので一目瞭然ではありませんか」
「ええ、確かにお顔が紅潮なさるのには気づいておりましたが、それはあなたの控えめな性格からくるもので、恋によるものではありませんね。私はうぬぼれるわけにはいけません」
 シャルトル嬢は答える言葉が見つからなかった。恋と好意の違いなど、彼女の知るところではなかった。クレーヴ公の方でも、自分が求めている想いが、彼女にとっていかに遠いものかに気づいたようである。彼女は恋という感情をわかっていないのだから。

「第一部」より

——ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』(光文社古典新訳文庫,2016年)47 – 49ページ


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