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『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』 – 日めくり文庫本【9月】

【9月8日】

 老いた父親は客を迎えにいそいそと立ち上がった。彼がドアを開けて、着いた人間を相手に、あいにくの天気だねえ、難儀したでしょう、と言っているのが聞こえた。着いた方も、ええたしかに難儀いたしまして、などと言っているものだから、ホワイト夫人はじれったそうに舌打ちし、軽く咳払いをした。と、夫が戻ってきて、それに続いて、背の高いがっしりした、目の小さい赤ら顔の顔の男が入ってきた。
「モリス特務曹長だ」と夫は客を紹介した。
 特務曹長は皆と握手し、勧められるまま暖炉ぎわの席に腰掛け、家のあるじがウイスキーとタンブラーを出してきて小さな銅の薬罐(やかん)を火にかけるのを心地よさそうに眺めていた。
 三杯になるころには客の目もだんだん輝いてきて、遠方からの訪問者を小さな家族の輪が興味津々見守るなか、ぽつぽつと話をはじめた。四角い肩を椅子に押し込んで、奇怪な情景や獰猛な行為を語り、戦争や疫病や不思議な民族を語った。
「二十一年になる」とホワイト氏は言って、妻と息子に向かってうなずいた。「出ていったときはほんのヒヨッ子だったよ。それがいまはどうだ」
「立派に生き抜いてこられたようね」とホワイト夫人が如才なく言った。
「わしもインドに行ってみたいね」と老人は言った。「いろいろ見て回りたい」
「いえ、ここが一番です」と特務曹長は首を横に振った。空のグラスを置いて、ふっとため息をつき、また首を横に振った。
「見てみたいなね、古い寺院とか苦行僧とか大道芸人とか」と老人は言った。「それはそうとモリス、このあいだ言いかけた、猿の手がどうこうという話、あれは何だね?」
「何でもありません」と軍人はあわてて言った。「ともかく、お話しするほどのものじゃありません」
「猿の手?」とホワイト夫人が好奇心をそそられて言った。
「ま、いわゆる魔術というようなやつでして」と特務曹長はぶっきらぼうに言った。
 三人の聞き手は熱心に身を乗り出した。訪問者はぼんやりと空のグラスを唇に持っていき、また下した。あるじが酒を注いでやった。
「見た目には」と特務曹長はポケットを探りながら言った。「何の変哲もない、ミイラみたいに乾かした手です」
 そうしてポケットから何かを取り出し、皆に差し出した。ホワイト夫人は顔をしかめて身をひいたが、息子はそれを受け取って、興味深げに眺め回した。

W・W・ジェイコブズ「猿の手」より

——『エドワード・ゴーリーが愛する12の怪談』(河出文庫,2012年)249 – 250ページ


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