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『森の生活』 – 日めくり文庫本【7月】

【7月12日】

 朝は、ギリシャの英雄の時代を蘇らせます。夜明けに家の窓を開けると、部屋から聞こえる一匹の蚊のかすかな羽音さえ、私の耳には、英雄讃歌の歌声のように朗々と響き渡りました。歌声はホメロスのレクイエムのようであり、怒りをもって放浪する吟遊詩人が歌う『イリアス』か『オッデュッセイア』のようでもありました。私は、歌の響きに宇宙的な何かを感じました。空を飛ぶ蚊は、生の続く限り、世界の活力と豊穣さを歌い続ける決意であるかのようでした。
 朝の中でも、だんぜん印象深い朝は、目覚めの朝です。眠気が最少に限られる覚醒の朝です。普段ならいくらかはまどろむ心も、目覚めて少なくとも一時間は、一二分に覚醒しています。となれば、人が生き生きした内なる働きで目覚めずに、召使いや機械の働きで目覚めさせられるのでは、その一日は(一日と呼べないでしょうが)何も期待できません。風が運ぶ香りや内なる天上の音楽と共に、再生する活力と希望によって目覚めず、工場のベルで目覚めさせる一日に、つまりは眠りについた前の晩より高い意識で目覚めない一日に、何ができるでしょう。
 夜の闇には、明るい昼と同じく無限の価値があり、夜の眠りもまた、果実を育みます。日一日と早く目覚め、いつもの朝より早い朝を発見しましょう。人は聖なる曙の時を経験して、俗化された自分を取り戻し、暮らしに希望を見出します。人は、五感を夜の眠りで休ませて、魂と器官の働きをふたたび取り戻します。そして、内なる才能が、高き聖なる暮らしをふたたび追求し始めます。私は、目覚める時の朝の雰囲気においてこそ、記憶すべき出来事は起こる、と断言できます。『ヴェーダ』に「あらゆる才能は朝と共に目覚める」とある通りです。
 詩や芸術など、繊細にして注目すべき人間の働きもまた、朝の時間になされます。すべての詩人と英雄は、メムノンと同じようにアウロラの子どもであり、早起きの人であり、夜明けと共に音楽を奏でます。

「第2章 どこで、なんのために生きたか」より

——ヘンリー・D・ソロー『ウォールデン 森の生活 上』(小学館文庫,2016年)221 – 223ページ


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