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『ケンジントン公園のピーター・パン』 – 日めくり文庫本【5月】

【5月9日】

二 ピーター・パン

 子供の頃、ピーター・パンのことを知っていましたかとお母さんにたずねたら、お母さんは言うでしょう。「ええ、もちろん、知っていたわよ」ピーターはその頃も山羊の背に乗っていましたかとたずねたら、お母さんは言うでしょう。「何て馬鹿なことをきくの。乗っていましたとも」それから、もしお祖母(ばあ)さんに、娘の頃、ピーター・パンのことを知っていましたかとたずねたら、お祖母さもきっと言います。「ええ、もちろん、知っていたわよ」ですが、もしピーターはその頃も山羊に乗っていましたかとたずねたら、ピーターが山羊を持っているなんて、聞いたことがないと言うのです。ことによると、忘れてしまったのかもしれません。時々あなたの名前を忘れて、「ミルドレッド」とお母さんの名前で呼ぶように。けれども、山羊のように大事なことを忘れるはずはありませんから、お祖母さんが小さい女の子だった頃、山羊はまだいなかったのです。このことからわかるように、ピーター・パンの物語をする時(たいていの人はそうしますが)山羊の話から始めるのは、チョッキを着る前に上着を着るのと同じくらい馬鹿げたことなのです。
 もちろん、このことからピーターがたいそう年を老(と)っていることもわかりますが、本当はいつも同じ年齢(とし)なので、それはどうだってかまいません。ピーターの年齢は生後一週間で、生まれたのはずいぶん昔ですけれども、一度も誕生日を迎えたことがありませんし、この先迎えることもありません。なぜなら、彼は生まれてから七日目に、人間になることを逃れたからです。窓から逃げて、ケンジントン公園へ飛んで帰ったのです。

——バリー『ケンジントン公園のピーター・パン』(光文社古典新訳文庫,2017年)78 – 79ページ


ハイド・パークのお隣ケンジントン・ガーデンズで生まれたのは、半分「鳥」で半分「人間」の赤ん坊のピーター・パン。
羊飼いと羊の群れを監視するギリシア神話の牧神「パーン」は、アイギパーンとも呼ばれるようで、それが「山羊のパーン」の意味だそうです。

/三郎左

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