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『真景累ヶ淵』 – 日めくり文庫本【8月】

【8月11日】

十六

 日頃堅いという評判の豊志賀が、どういう悪縁か新吉と同衾をしてから、ふと深い中になりましたが、三十九歳になる者が、二十一歳になる若い男と訳があってみると、息子のような、亭主のような、情夫(いろおとこ)のような、弟のような情が合併して、さあ新吉が段々かわいいから、無茶苦茶新吉へ自分の着物を直して着せたり何か致します、もと食客(いそうろう)だから新吉が先へ起きて飯拵(めしごしらえ)をしましたが、このの頃は豐志賀が先へ起きてお飯(まんま)を炊くようになり、枕元で一服つけて
 「さア一服お上りよ」
 「ヘエ有難う」
 「何だよヘエなんて、もうお起きよ」
 「あいよ」
などと追々増長して、師匠の布子(どてら)を着て大胡坐(おおあぐら)をかいて、師匠が楊枝箱(ようじばこ)をあてがうと坐ってて楊枝を遣(つか)い嗽(うがい)をするなどと、どんな紙屑買が見ても情夫(いいひと)としか見えません。誠に中よく致し、新吉も別に行く処も無い事でございますから、少し年をとった女房を持った心持でいましたが、此家(ここ)へ稽古に参りまする娘が一人ありまして、名をお久ひさといって、総門口(そうもんぐち)の小間物屋の娘でございます。羽生屋(はにゅうや)三五郎という田舎堅気(いなかかたぎ)の家(うち)でございまするが、母親が死んで、継母(ままはは)に育てられているから、娘は家にいるより師匠の処にいる方がいいというので、能(よ)く精出して稽古に参ります。すると隠す事ほど結句は自然と人に知れるもので、何どうも訝(おか)しい様子だが、新吉と師匠と訳がありゃアしないかという噂が立つと、堅気の家では、そのような師匠では娘のためにならんといって、好(い)い弟子はばらばら下(さが)ってしまい、追々お座敷も無くなります。そうすると、張子連は憤(おこ)り出して、「分らねえじゃアねえか、師匠は何の事だ、新吉などという青二歳を、了簡違いな、また新吉の野郎もいやに亭主ぶりやアがって、銜煙管(くわえぎせる)でもってハイお出(い)で、なんといってやがる、本当に呆れけえらア、下(さが)れ下れ」とばらばら張子連は下ります。その他の弟子も追々その事を聞いて下りますと、詰って来るのは師匠に新吉。けれどもお久ばかりは相変らず稽古に来る、というものは家(うち)にいると、継母に苛(いじ)められるからで、このお久は愛嬌のある娘で、年は十八でございますが、ちょっと笑うと口の脇へ靨(えくぼ)といって穴があきます。何もずぬけて美女(いいおんな)ではないが、ちょっと男惚(おとこぼれ)のする愛らしい娘。新吉の顔を見てはにこにこ笑うから、新吉も嬉しいからニヤリと笑う。その互に笑うのを師匠が見ると外面(うわべ)へは顕(あら)わさないが、何か訳が有るかと思って心では妬(や)きます。この心で妬くのは一番毒で、むやむや修羅(しゅら)を燃もやして胸に燃火(たくひ)の絶える間がございませんから、逆上(のぼ)せて頭痛がするとか、血の道が起おこるとかいう事のみでございます。といって外に意趣返しの仕様がないから稽古の時にお久を苛めます。

——三遊亭円朝『真景累ヶ淵』(岩波文庫,2007年改版)80 – 82ページ


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