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『真夜中の子供たち』 – 日めくり文庫本【8月】

【8月15日】

穴あきシーツ

 私の生まれはボンベイ市……昔々ある時のこと。いやそれじゃだめだ。日付からは逃れられない。では改めて、ナルリカル医師の参院で一九四七年八月十五日生まれ。時刻は? 時刻も重要なのだ。ええっと、それなら夜だ。いやもっと正確に、大事なことだから……実は真夜中きっかりだった。時計の針が恭しく合掌して私の誕生を迎えてくれたわけだ。ほう、もっと詳しく。つまり、まさにインドの独立達成の瞬間に、私は呱々(ここ)の声をあげた。あえぎ声のなかで。そして窓の外には、花火と群衆。数秒後に私の父が足の親指を潰した。しかし父の事故はあの夜ふけの瞬間に私に起こったことと比べて、些細なことでしかなかった。何しろもの静かに合掌する時計のオカルト的な力によって、私は不思議にも歴史と手錠でつながれ、私の運命は祖国の運命にしっかりと結びつけられてしまった。それから三十年間というもの、逃げ道はなかった。占い師たちが私を占い、新聞が私の出生を祝い、政治家たちがこれぞまさしくインドの子と太鼓判を押した。この問題については私はカヤの外だった。私、サリーム・シナイ、後には洟(はな)たれ君、あざのある顔、禿(はげ)坊主、クンクン、ブッダ、さらには月のかけらなどとさまざまな名で呼ばれたこの私は、運命によってがんじがらめにされていた——最良の時期にあってさえ、これは危険な事態であった。その頃の私は自分で洟をかむことさえできなかったのだ。
 しかし今、時間は(私にとって用ずみとなり)尽き果てようとしている。私はまもなく三十一歳になる。いや、たぶんなんる。つまり、私の崩れかけて、がたのきた肉体が許すなら、ということだ。しかし私には自分の命を救う望みはないし、千夜一夜の猶予を手に入れることも当てにできない。私は急いで、シェヘラザードよりも急いで、仕事をしなければならない。ともかくも何かまとまりのあることを話そうとするならだ。そう、その通り。何よりも私は支離滅裂になることを恐れる。

「第一巻」より

——サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』(岩波文庫,2020年)12 – 13ページ


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