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『短くて恐ろしいフィルの時代』 – 日めくり文庫本【8月】

【8月31日】

 国が小さい、というのはよくある話だが、〈内ホーナー国〉の小ささと来たら、国民が一度に一人しか入れなくて、残りの六人は〈内ホーナー国〉を取り囲んでいる〈外ホーナー国〉の領土内に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っていなければならないほどだった。
 外ソーナー人たちは、〈一時滞在ゾーン〉にこそこそ身を寄せあって立っている内ホーナー人たちを見るたびに何となく胸糞がわるくなったが、同時に、ああ外ホーナー人でよかったとしみじみ幸せをかみしめた。見ろよ、内ホーナー人の卑屈でみじめったらしくて厚かましいことといったら、それにひきかえ、あいつらが〈一時滞在ゾーン〉にはみ出してくるのを長年にわたって許しているわれわれ外ホーナー人は、なんて寛大で慈悲ぶかいんだろう。だが、内ホーナー人はそんなことをすこしもありがたがっていなかった。最初のうちこそ感謝感激したものの、今はただ窮屈に体をくっつけあって立ち、外ホーナー人たちを憎しみのこもった目でにらみつけるだけだった。たっぷりとした土地があるおかげで体をくっつけあって立つ必要もなく、それどころか広々とした「外ホーナー・カフェ」の通路に脚をいっぱいに伸ばしてのうのうとコーヒーを飲んだりなんかしている外ホーナー人を見るにつけ、内ホーナー人たちは思うのだった——ちぇっ、なんだよあいつら。あんなに土地があり余ってるんなら、こっちに二、三百平方メートルばかし分けてくれたってよさそうなものじゃないか。
 けれども外ホーナー人は外ホーナー人で、こう思っていた。そりゃま、たしかにうちらの国は大きいけどさ。でも無限に大きいってわけじゃないんだもんね。てことは、いつか土地が足りなくなることだって、ないとは言い切れないんだもんね。それに、もしこれ以上あいつらに愛する祖国の土地を分けてやったりしたら、他のみすぼらしい小国が我も我もと押し寄せてきて、自分たちにも土地をよこせと言いだすかもしれない。そうなったら、このすばらしく快適で、すてきに特権的な、何かにつけゆったりとしたスペースを必要とする外ホーナー・ライフが営めなくなってしまう。内ホーナーの連中がわれわれ外ホーナー人のことをケチだと思ってるんだったら、地獄にでも落ちるがいい。人がタダで貸してやってる土地に立っておいて、よくもそんな口がきけたもんだ。
 かくして国境のあっち側とこっち側で、敵意のこもった視線や、聞こえよがしの悪態や、ときに面と向かっての罵声が飛び交う状態が、もう何年も続いた。

——ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』(河出文庫,2021年)7 – 9ページ


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