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『緋色の習作』 – 日めくり文庫本【1月】

【1月6日】

「そのとおり。こういうことに直感のようなものが働くのだ。たまには難しい事件があって、あちこち歩き回り、直接自分の目で見なくてはならないこともある。しかし、ぼくには特別な知識がたくさんあって、それを応用すると問題は容易になるのだ。あの記事で述べた推理の法則は、君には軽蔑されたけれど、実際の仕事にはたいへん役立っている。観察力はぼくの第二の天性といえる。ぼくたちが初めて会ったとき、アフガニスタンにおられたのでしょうと言ったら、驚いていたね」
「誰かに聞いていたのだろう」
「とんでもない。ぼくにはわかったのだ、君がアフガニスタンから来たということがね。長い間の習慣で、思考の途中経過を意識しないうちに結論に達してしまうのだが、順序を追って説明するとこうなる。『医師らしいが、軍人の雰囲気をもった男、といえば、軍医ということになる。顔は黒いが、手首は白いから、熱帯地方から帰ったのだろう。彼のやせこけた顔を見れば、苦労し、病気をしたのはすぐわかる。左手の動きがぎこちないところをみると、左腕にけがをしているな。英国の軍医がこんな目にあう熱帯地方といえばアフガニスタンしかない』ぼくがこれだけの推理をするのに一秒とかからなかった。それで、アフガニスタンにおられたのでしょうと言い、君がびっくりしたというわけだ」
「説明を聞けば、簡単だ。エドガー・アラン・ポーのデュパンを思わせるね。物語の中以外にこういう人物があるなど、思ったこともなかった」

「第一部 元陸軍軍医・医学士ジョン・H・ワトスンの回想録からの復刻
 第2章 推理の研究」より

——アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ全集 1  緋色の習作』(河出文庫,2014年)40 – 41ページ


シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスンとの出会いを印象づける、有名な「アブダクション」の一節。
のちに大量のパスティーシュを生む「シャーロック・ホームズ」シリーズですが、このシーン自体がエドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人』に登場する探偵オーギュスト・デュパンへのオマージュになっています。

/三郎左

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