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『チャイナ・メン』 – 日めくり文庫本【7月】

【7月28日】

 あなたはわずかな言葉と沈黙で語る。物語もない。過去もない。中国もない。
 あなたは中国人のように見え、中国語を喋るひとにすぎない。中国服姿の写真も、中国の景色を背景にした写真もない。中華民国に対する支持を表わすために辮髪を切ったのですか。それともあなたはずっとアメリカ人だったのですか。あなたが中国の過去を忘れることで、わたしたちに真のアメリカ人になれる機会を与えてくれるとでもいうのでしょうか。
 あなたは植物や天候をこころ楽しむひとです。カリフォルニアの旱魃(かんばつ)が終わりを告げた時、あなたは英語と中国語で、「雨が降っているのだ」といった。そのようにありきたりのことを口にすることで、あなたはわたしたちを度外れてしあわせな気持にさせるのです。
 わたしがあなたに望むことは、あれらのののしりの言葉は、中国語のふつうの表現なのだといってくれることなのです。自分が女であることにわたしが吐き気を催すように仕向けるつもりでいったのではないと。「あれはただの言い習わしにすぎないのさ」と、わたしにいってほしい。「おまえやおまえの母親のことをいったわけじゃない。おまえの妹たちや祖母たちや女たち一般についていったわけじゃないと」と。
 わたしはあなたにすがりたい。わたしたち自身の洗濯物には一枚一枚「中」という言葉でインクのしるしをつけたあなたに。わたしたちが奇人として存在するところのこの国に、わたしたちはどのようにしてやってきたのかを知るために。
 大晦日には、あなたは「計時小姐」に電話して、彼女が分と秒を告げるのを聴いては、家にあるすべての時計を合わせ、全部がいっせいに十二時を指すようにしたものです。録音だから話をしなくてもいいので、あなたは「計時小姐」の声を聴くのが好きなのに違いありません。それに彼女はけっして過去へ滑り込んだり、未来へ滑り込んだりすることはなく、現在の瞬間を断然と告げるのですから。あなたは現在の中に自らを置く、でも、わたしはあなたのそれ以外の話を聞きたい、中国の話を。あなたに叫び声を上げさせ、ののしりの言葉を吐かせるものは何であるのか、何もいわない時に抱く思いは何なのか、そして喋る時にはなぜかあさんと違うふうに喋るのか、知りたいのです。

「中国からやってきた父のこと」より

——マキシーン・ホン・キングストン 『チャイナ・メン』(新潮文庫,2016年)22 – 23ページ


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