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私の『自分の中にある罪悪感』―自分の感覚を信じることについて

5/22(日)まで募集しているエッセイテーマ『自分の中にある罪悪感』について、書いてみようと思います。

私には自分を責める癖があります。
何かあると『私、何かやっちゃいけないことしたかな』『私がおかしいのかも』『私が悪いんだ』と思ってしまうところがあります。
それは、第三者から見て私が悪くないと断言できる場合でもそうで、だから過去の社会人生活や恋愛で精神を酷く擦り減らしてきました。

私が悪くない場合でも私が悪いと思うので、人に怒れませんでした。
誰かに私の気分を害することを言われたりされたりしても、怒りや悲しみを感じたそばから『私が悪い』という考えが脳内に覆い被さり、相手に何も伝えられませんでした。

本当は、『私はこう感じたから、こうしてほしい』と正直に伝えられたらいいのですが、人を非難したり、怒ったり、嫌ったりすることに、私は罪悪感を感じるのです。
相手が傷付いたり、悲しんだりしてしまうかもしれない、と思うと、何も言えなくなるのです。その痛みを私はよく知っているから。同じ痛みを負わせたくない。たとえ相手が嫌いな人でも、私が怒ったり辛辣な態度を取ることで傷付くと分かっているから、私は身動きが取れない状態でした。
それに、正直に怒りを伝えたら、本音を口に出したら、嫌われてしまうかもしれないという不安もあります。
言いたいことが言えない自分が、大嫌いでした(今現在の心境を表すとしたら、正確には、『です』と『でした』の間くらい)。

自分を嫌ってしまう以外にも問題があって、相手に気持ちを伝えられず自分の中に抑え込むことで、後から時間差で怒りや悲しみが湧いてくるのです。
その負の感情は、起因となった相手に直接伝えない限り消化できない厄介なものです。長い時間、頭の中をグルグル感情が駆け巡ります。そうしてウツウツとしてしまうことが何度もありました。

カウンセラーの先生から、自分を客観的に見ることを学んでからは、この考え方の癖が少しずつ変わっていきました。
言いたいことが言えなかった、というエピソードを先生に話すたび、先生は「私から見て、あなたが怒ったり悲しい気持ちになるのは当然のことだと思うよ」と毎回言ってくれました。
そうして私は、自分の感情や感覚への信頼感を取り戻していきました。自分と相手の感情や責任の範囲に線引きをすることも覚えました。

すると、何かあった時に落ち着いて考えられるようになりました。
『この状況なら、怒って当然。私は怒っていい。私は間違っていない』『今のは私の責任じゃなく、相手が負うべき責任』『これは私の問題ではなく相手の問題』と冷静に思えるようになったのです。

自分の感情や感覚を信じてあげることで、徐々に罪悪感が薄れていきました。
少しずつ相手に気持ちを伝えられるようになったし、伝えられなかった場合も自分を肯定してあげることができれば、負の感情がグルグルすることも減ったと思います。

今、昔の自分の心境を振り返ってみると、たぶん私はこんな思考回路だったんだと思います。
相手に気持ちを伝えたくても我慢して抑え込み、負の感情でがんじがらめになって苦しいから、出来事と感情とに”折り合い”を付けるために『どうせ私が悪い』と自分に罪をなすり付けることにしていたんだ、と。

私と同じように『どうせ自分が悪い』と思う癖で悩んだり、罪悪感に苦しんでいる人はたくさんいると思います。
私も、全く罪悪感を感じないようになったわけではありませんが、少しずつ変わっていけるということを最後にお伝えしたいです。
3回に1回とかでいいから、『自分が悪い』と思いそうになった時、『いや、そうじゃない!』と思うようにしてみて。自分と相手の線引きが大切です。

あなたの幸運を願って。

祥青堂 三浦

フリーペーパー「ちがう生き方」
”生きづらさ”を抱えながら生きている人たちに、生き方のヒントや、共感や、エールを届けたい。そんな想いが込められたフリーペーパー。
少しずつ重荷を下ろして、自分らしさを身に纏って笑って生きられる人が増えたらいいな、と思います。

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