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【ココロコラム】待てない人

精神科が他の科の医療と違う点はいろいろありますが、ひとつの大きな特徴が「時間のスパンが長い」ことだと思います。他の科では切ってつないで医療が終わるとか、ある薬を飲めば病気が治るとか、短期決戦型の医療が中心です。

それに対し精神科は、薬を飲んだだけで、すぐ回復する例はむしろ少ないです。何の病気であれ、薬を気長に飲み続けるとともに、時間の経過を待つ。時には年単位の時間をかけて、長い時間待つことが非常に大切です。ほとんどすべての病気は、結局、人間の自然回復力によって治るものです。精神科はこれがかなり顕著な科だと言えます。時間が自然に治してくれる側面があります。

病気とは言えない皆さんの日常のお悩みでも、時間がたてば自然に痛みが和らいでいることは多くあります。一年前、あるいは三年前に何を悩んでいたかすぐに思い出せる人は少ないでしょう。つまり、今、絶望にくれていて、頭の中から離れない、一生解決しないのではないかと思ってしまうような悩みでも、時間がたてばかなりの部分が解決します。当たり前の話ですが、今の悩みが深いほど見落としがちな事柄です。

ところが、現代は「ある程度時間が過ぎるのを待つ」という、悩みのかなり有力な解決手段を忘れてしまっている人が多くいるように見受けられます。これはやはりスマートフォンやネットの普及が大きな原因でしょう。検索すればすぐに答が出る。LINEをすれば即返信が戻ってくる。こういう文化が当たり前の世界に浸っていると、ついつい結論を焦ってしまいます。

すぐ出る結論には、限界があります。ほとんどの物事は、時間をかけてゆっくり熟成させる期間が必要になります。SNSで論争がエスカレートして炎上しやすいのは、結論をすぐに出そうとするあまり、極端な議論になりやすいからです。心理学的にいえば【集団成極化現象】です。時間のふるいにかけられていない事象は、どこか深みや大らかさに欠けるところがあります。当然、すぐ飽きます。

しかし、ネットが当たり前になった時代を過ごしている人たちは、ほとんどの事柄に、短時間で結論を求めようとします。たとえば「格差」。そこには、いま格差があっても、自分の努力でなんとかしようという意志が感じられません。ただ、今の差異について過剰に焦っている姿勢がうかがわれます。「婚活」というのもそうでしょう。本来は結婚してからの生活が大切なはずですが、相手探しの段階で次元が止まってしまっている。ある程度長い時間の軸で考え、自分の未来を自分でじっくり切り開くというものの見方が、失われがちな世の中だと思います。どこかさびしい気がしてなりません。

これは、長く続く不況で、明るい未来を想像することが難しくなったのが原因の一つでしょう。右肩上がりで成長する時代なら、時間の経過を待てば自分も世の中もよくなる希望が持てます。ところが、現代はこれが成り立ちません。時が流れても、暮らしや自分を取り巻く環境が進化し、豊かになるとは限らない。そうなると、人間はどうしてもその場しのぎの刹那的な思考に走ります。

しかし、世の中が「進化」しなくなっても、時間とともに深みを増す「深化」することはできるはずです。以前悩んでいたことが、いつのまにか解決しているのも、時の流れを経てあなた自身が「深化」したからです。

こんな時代だからこそ、少し時間の経過を待ってほしいと思います。ちょっと長い目で見れば、自分の「深化」とともに解決していく問題はいくらでもあります。よい経験、よい思い出、よい記憶を静かに積み重ねて、いつのまにか「深化」していくのをゆっくり楽しむ。そんな心のゆとりが欲しいものです。

(精神科医・西村鋭介)

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